ひどい便秘になる
猫は「巨大結腸症」に注意!
体の構造上、猫は犬よりも便秘になりやすい。「巨大結腸症」とはひどい便秘のことで、
猫はウンチを出せず、食欲不振に陥ってやせていき、ひどくなると衰弱死することも。

【症状】
ウンチが出ず、食欲不振でやせていく

イラスト
illustration:奈路道程

猫と犬の骨盤の同縮尺比較
 「巨大結腸症」とは聞き慣れない言葉だが、簡単に言うと、慢性的なひどい「便秘」のこと。通常、結腸から直腸へと押し出され、最後は肛門から体外に排せつされる「便(ウンチ)」が、何らかの要因で骨盤腔の手前(の結腸部位)に滞留して巨大な塊となり、結腸部位が風船のように伸びきった病態である。
 ウンチが出なければ、猫は食欲不振になり、やせ衰えていく。ひどいと何十日、何か月もそんな状態が続き、ウンチの詰まった下腹部だけが異常に膨らんだまま、全身がガリガリにやせ、衰弱死しかねない。
 こんなひどい便秘(巨大結腸症)に悩まされている猫は少なくないのだが、なぜだろうか。それは、ほとんど便秘とは無縁な犬と比べてみれば、はっきりしてくる。問題は、直腸(結腸遠位端から肛門まで)が通過する猫の骨盤腔が極めて狭く、ウンチが結腸部位で詰まりやすいことによる。
 例えば、正常と思われる5種類の食肉動物(タヌキ、犬、キツネ、ミンク、猫)の骨格標本(106個体)について、各個体の頭蓋幅に対する骨盤前口部の面積を統計学的に比較すると、最も広いのはタヌキで、以下、犬、キツネ、ミンク、猫と続く。また、犬の数値を100とすると、猫の正常例で63、巨大結腸症例では53。さらに、骨盤の内腔幅を頭蓋幅で割ると、犬を100とすれば、猫は84、巨大結腸症の猫で67。ちなみにライオンは53、トラは49と、猫科動物の骨盤腔は狭いのである。その理由として、猫科動物は物陰に潜み、狭い空間をダッシュして獲物に飛びかかるため、何千万年の進化の過程で骨盤腔が狭くなっていったと考えられる。
 

【原因とメカニズム】
栄養不良や運動不足、交通事故などで骨盤や脊椎が変形して、猫の狭い骨盤腔がさらに狭くなる
 
 このように、元々骨盤腔の狭い猫が、先天的か後天的か、様々な要因によってさらに骨盤腔が狭くなれば、ウンチがそこを通過できず、慢性的な便秘(巨大結腸症)に苦しむ結果となる。
 これまで獣医学界では、猫の巨大結腸症は消化管に原因があり、人間の新生児によく見つかる「ヒルシュスプリング病(遺伝子の欠陥で起こる巨大結腸症)」と同様の、先天的で遺伝的な病気と考えられてきた。しかし、近年の症例研究によって、そのような巨大結腸症はほとんど存在しないことが明らかになってきた。
 では、どんな要因が考えられるのだろうか。
 例えば子猫の時から、カルシウムなどの足りない、栄養バランスの悪い食生活を続けていたり、運動不足や直射日光の不足が積み重なったりすれば、骨格形成に問題を生じ、骨盤や脊椎が変形することがある。脊椎が変形すれば、それに接続する骨盤も変形する。また、骨量不足で骨盤が薄く、弱くなれば、大腿骨(の骨頭)が収まる骨盤の寛骨臼が圧迫されて、内側にへこみやすくなる。
 栄養過多と運動不足で肥満傾向となって、骨盤腔周辺に余分な脂肪が蓄積することもある。落下や交通事故などで骨盤が折れ、変形したまま、自然治癒することもある。高齢化とともに、結腸の蠕動運動が弱まり、腹圧が低下して、ウンチを結腸から直腸にうまく押し出せなくなることもある。あるいは、結腸や直腸周辺に腫瘍ができて、腸管内をウンチがうまく通過できなくなることもあるだろう。
 繰り返すが、元々骨盤腔が狭く、ぎりぎりの状態で排便している猫たちの骨盤にわずかな変形、変異が加われば、それが引き金になって、ウンチが骨盤腔を通過できなくなる可能性が高いのである。

【治療】
排便方法を改善する内科的治療と、骨盤腔を拡張する外科的治療
 
●内科的療法

(1)緩下剤
 ウンチを軟らかくするために、緩下剤をフードに混ぜたりして、猫に食べさせる方法がある。もっとも、猫が食べやすいこと、腸管で消化、吸収されないこと、投与量に対して効果が連動すること、投与量に幅があることなどが選定の基準になる。例えば、オオバコの種子粉末を使った緩下剤なら、植物成分のうえ、ウンチが弾力を持つので排せつしやすく、また、処理しやすい。

(2)強制排便
 外部から腸内に、潤滑剤、粘潤剤などを注入し、腸管粘膜とウンチの間に保護層をつくり、手で結腸内にたまるウンチを小割りしながら押し出して狭い骨盤腔を通過させ、肛門から指でウンチをかき出す方法がある。
 もっとも、人間によく使われる「浣腸」は、結腸の蠕動運動を高める薬剤であり、骨盤腔が狭過ぎてウンチが出ない猫に使用すれば、排便効果がないだけでなく、猫への負担が大きく衰弱死しかねない。要注意である。


●外科的療法

 上記のような内科的治療で効果が得られなくなれば、外科的療法を採用することになる。

(1)結腸切除術
 これまで、巨大結腸症に対する外科療法として、ウンチの滞留する結腸部位を切除する手術が広く行われてきた。これは長年、病気の原因が結腸にある、と見なされてきた結果である。しかし、先に述べたように、巨大結腸症の要因は骨盤腔の狭さによるため、結腸部位を切除しても問題は解決しない。
 ただし、結腸は水分などを吸収して、ウンチを固める機能を持つ。結腸部位をある程度切除すれば、水分吸収力が低下し、ウンチが軟便(もしくは下痢便)状態となって排せつされやすくなる。

(2)骨盤腔拡大手術
 巨大結腸症の根治療法となるのが、狭い骨盤腔を拡張する外科療法である。そのひとつが、骨盤を形成する恥骨の「恥骨結合」を分離し、その間に拡張プレートを埋め込む「骨盤腔水平拡張術」である。
 もうひとつが、まず、骨盤の恥骨を切除して骨盤腔を広げ(垂直拡張)、さらに恥骨の手前(腹側)にある坐骨の「坐骨結合」を分離。その間に、切除した恥骨を、頭尾を逆転させて埋め込む(水平拡張)「骨盤腔水平垂直拡大術(坐骨間恥骨移設術)」である。


【予防】
栄養バランスの良い食事と適度な運動、清潔なトイレ環境の維持など
 
 元々骨盤腔の狭い猫が、栄養不良や肥満、事故による骨折などでさらに骨盤や脊椎が変形する可能性を減らす努力を行うことが大切である。
 例えば、子猫の時から、栄養バランスの良い良質の総合栄養食を与え、よく遊ばせ、また、日光浴をさせて、丈夫な骨格を形成できるようにすることが極めて重要だ。また、いつも猫トイレを清潔にし、人目の届かないところに設置して、愛猫がいつでも気分良く排便できるようにする。常に新鮮な水を何か所かに分けて用意し、猫が水分補給しやすいようにすることなども大切である。さらに、普段から排便の様子、回数、ウンチの状態などをよく観察し、ウンチをしづらそうにしていたり、排便が不規則だったり、ウンチが硬かったりすれば、動物病院で相談したほうがいいかもしれない。

*この記事は、2006年12月20日発行のものです。

監修/川又犬猫病院 院長 川又 哲
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