鼻腔腫瘍
ネコの鼻腔腫瘍は犬よりも少ない。しかし悪性リンパ腫の割合が高く、その場合、初期症状は鼻汁やくしゃみで鼻血を伴わないことが多いために、発見が遅れがちとなる。
監修/酪農学園大学 獣医学科教授   廉澤 剛

ネコに多い悪性リンパ腫

イラスト
illustration:奈路道程

 

 先に犬の鼻腔腫瘍は、シェルティなど長頭種犬にめだつと述べたが、ネコの場合、これまでの症例で言えば、そのほとんどが日本ネコで、特定の外来種ネコとの関連はない。年齢的には、やはり犬と同じく十歳前後がピークだが、年齢分布は、四歳から十六歳と幅広い。もっとも、ことにネコは外国でも鼻腔腫瘍のデータが少なく、研究はほとんど進展していない。
 ネコの鼻腔腫瘍の特徴は、悪性リンパ腫にかかる割合がたいへん多いことである。悪性リンパ腫は、動物の免疫機能をつかさどるリンパ系のリンパ球ががん化したもので、ネコがなりやすい腫瘍のひとつである。すこし横道にそれるが、ネコの悪性リンパ腫の原因のひとつに、ネコ白血病ウイルスがあげられる。このウイルスは、感染したネコの唾液などに潜み、母子感染やネコ同士のケンカなどの咬き傷などによってネコの体内に入り、骨髄に感染。赤血球や白血球、リンパ球などの造血作用に悪影響をおよぼす(もっとも、ネコ白血病ウイルスと鼻腔腫瘍との関連性は小さい)。
 とにかく、鼻腔腫瘍で悪性リンパ腫になると、鼻汁やくしゃみは出るが、鼻血は出ないことが多い。それだけ、飼い主が察知できる危険信号が少ないわけだ。
 もっとも、リンパ腫なら、抗がん剤を投与する化学治療や放射線治療が効果的なケースが多い。

放射線治療と副作用
   もちろん、副作用には十分注意が必要だ。たとえば、眼球などは放射線の感受性が高く、白内障になりやすい。さらに皮膚が変色したり、脱毛したり、照射量が多いと、皮膚に潰瘍ができることもある。また、放射線を照射すると、口内の粘膜などが荒れてくる。普通なら、粘膜の表面が荒れても、下部の細胞が新しく作られてくるので、問題はない。しかし放射線は細胞の分裂を抑えるために(そのため、がん組織も縮小する)、傷を受けた粘膜が再生できず、深い潰瘍ができやすくなる。
 言うまでもないが、副作用を最小限に抑えながら、放射線治療や化学治療を行うことが大切である。問題点をもうひとつつけ加えれば、現在、日本の獣医療分野では、ある程度の大学病院か一部の動物病院以外では放射線治療を受けることができないことだ。
 転移については、悪性リンパ腫が鼻腔にとどまっていることもあるが、ときには腎臓や脾臓に転移しているケースもある。食欲がない、元気がないなどの全身的な症状があるときは要注意である。
 鼻腔腫瘍で気をつけることは、脳や眼、口などへの浸潤である。眼球が圧迫されて、変形したり、飛び出したり。口腔に腫瘍が出てきて、食べられなくなることもある。脳に浸潤すれば、先はそれほど長くない。

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治療前

治療後
 浸潤があれば外科手術は困難で、抗がん剤や放射線治療に頼らざるを得ない。しかしながら、これらの治療をもってしても、腫瘍が治ることは多くない。となれば、あとは少しでも苦痛を抑えながら、残された時間をいかに生きるか、ということになる。一日いちにちを大事に、穏やかに愛犬、愛猫とともに過ごす。それが飼い主の責務といえるだろう。
 とにかく、現在、犬、ネコともに鼻腔腫瘍の症例は増えているが、がん(悪性腫瘍)症例全体のなかでは少数である。
 基本的に、犬やネコでも人間でも、寿命が伸びてゆけば、免疫も細胞の新陳代謝も弱り、遺伝子の異常が蓄積したがん細胞が生まれ、育ちやすくなる。また、発がん因子も、水や空気、食べ物から、酒、タバコ、体内のホルモン異常、化学物質、生活習慣など、数えあげればきりがない。生活管理のしやすい犬やネコといえども、複雑な人間社会の一員として暮らす以上、発がん因子をすべてシャットアウトして生きることは不可能だ。
 とすれば、愛犬、愛猫の健康のために、適正な食餌、適度の運動と休息という基本的な生活習慣を守り、飼い主家族とのふれあいを高めて、心身ともに快適な暮らしを高めることを心がけることが何よりも大切な生き方にちがいない。明るく、前向きに心楽しく生きている人は、免疫力も高く、がんなどにかかりにくいともいわれている。むやみにがんの恐怖におびえないこと。
 しかし、がん、悪性腫瘍への知識や関心がないと、万一、発症した場合、発見が遅れがちだ。繰り返すが、愛犬、愛猫の鼻腔腫瘍の症状である鼻血や鼻汁、くしゃみなどに気づいても、飼い主と獣医師が、鼻腔腫瘍への疑いをまったく持たなければ、くわしい検査もせず、鼻炎などの二次感染治療だけで済ましてしまう可能性が高いのである。

*この記事は、1995年9月15日発行のものです。

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