がん
クオリティ・オブ・ライフをめざす
犬に比べて、ネコは悪性の乳腺腫瘍になりやすく、また、リンパ・増血器系腫瘍にかかる率も高いという。しかし、それもネコの個性。できるだけの治療をすれば、あとは日々心楽しく暮らしていけばいい。
監修/麻布大学獣医学部 助教授 信田 卓男

ネコに多いリンパ・増血器系腫瘍

イラスト
illustration:奈路道程

胸腺型リンパ腫の手術前。
レントゲン写真

手術後。

レントゲン写真

 不思議なことに、ネコと犬では、かかりやすいがんの種類が異なったり、同じ腫瘍でも良性と悪性腫瘍の比率がぐんと違ったりする。ほかの動物に比べて、とくに多いのがリンパ・増血器系腫瘍、つまり悪性リンパ腫や骨髄がんなどである。
 具体的な数値で言えば、麻布大学付属病院のネコの腫瘍症例172例のうち、リンパ・増血器系腫瘍が17.4%。これに対して犬の同腫瘍が6.9%(犬の腫瘍症例1,276例)で、ネコは犬の2.5倍強。一般的には、リンパ・増血器系腫瘍にかかるネコの割合は、犬の10倍ともいわれている。
 また同じ悪性リンパ腫でも、犬が体表部のリンパ節にしこりのできる「多中心型リンパ腫」が約85%に対し、ネコの場合は、胸の中のリンパ節が腫れる「胸腺型リンパ腫」やお腹の中のリンパ節ががんになる「消化器型リンパ腫」が全体の約70%ある(麻布大学付属病院データによる)。体表部なら触って見つけやすいが、体の内部にできると、どうしても発見が遅れがちになる。うちのネコが息苦しそうにしている、とか、下痢が止まらない、とかの症状で検診を受け、見つかることが多い。この悪性リンパ腫は進行が早く、無治療の場合だと、平均して100日前後で死亡する。それが抗がん剤などの内科治療を施せば(犬の場合だが)、2年以上生きる確率は25%ある。適切な治療を行うことによって、少しでもいい状態で生きられる期間を確保できるのである。
 なお、ネコにリンパ・増血器系腫瘍が多い原因の一つには、ネコが白血病ウィルスにかかりやすいことにある(犬の約10倍)。地域的に白血病ウィルスの多いところでは、ネコ同士のケンカで伝染したり、親から感染したりする。ふだんからワクチン投与などの予防手段を取っておくべきである。

悪性の割合が高いネコの乳腺腫瘍
   ネコの腫瘍で最も多いのは(麻布大学付属病院データによると)、皮膚腫瘍で全体の32%。次いで乳腺腫瘍で22.7%となっている。
 犬に比べれば、乳腺腫瘍の割合は9%ほど低いが、実はネコには厄介なデータがひかえている。良性と悪性腫瘍の割合が、犬が半々ほどなのに、ネコの場合は8割から9割が悪性なのである。しかも犬は、乳がんが3cm大のしこり(WHOの規定する乳がんの第1ステージ)なら、外科手術をすれば9割以上が治るのに対して、ネコの場合は、1cm大の乳がん(同じ第1ステージ)を手術しても、治癒率は50%にも届かない。同じ段階でもネコは犬に比べて根治する確率がかなり低いのである。なお、動物の場合、治癒の基準は1年間再発しないこと(人間は5年間)。
 このように、ネコと犬では同じがんでも、悪性・良性の比率や治癒の確率に大きな違いのあるケースが少なくない。どうもネコに不利なデータが多そうだが、逆の場合もある。たとえば、足の骨にできる骨肉腫では、治る可能性のある「第I期」(「Dog Clinic がん」参照)でも、犬の場合、手術で足を切断しても1年生きる確率は10%ほどだが、ネコなら治る可能性は非常に高い。あるいは、犬は鼻が長いから、鼻の周辺が紫外線などによる皮膚がんになりやすい、とか。
 いずれにせよ、ネコや犬特有の症状に一喜一憂していてもしかたがない。それも個性、である。

限りある命を、心楽しく生きる
   「Dog Clinic がん」で、動物のがんも人間同様に長寿化とともに症例が増加してきたと述べたように、麻布大学付属病院のデータによれば、ネコの皮膚腫瘍症例は平均8.8歳で、ネコの乳腺腫瘍は平均10.6歳。リンパ・増血器系腫瘍は5.9歳となっている。しかしわずか1,2歳でリンパ腫にかかるネコもいる。また犬でも、骨肉腫にかかる最初のピークは2歳前後(次のピークが7,8歳)で、1歳でなるケースもないわけではない。
 しかし飼い主がふだんから愛犬や愛ネコがいつがんにかかるかと冷や冷やしていても予防効果はない。万一、がんとわかったら、獣医師を信頼し、病状に合わせて、わがコンパニオン・アニマルを救うためにできる限りのことをする。あとは、運。天命に任せるほかはない。がんになろうとなるまいと、人でも動物でも、所詮、限りある命だ。単に命の長さを競うのは、どこかの国のギネスブックに任せればいい。大切なのは、限りある命を、どれだけ心楽しく生きることができるか、である。クオリティ・オブ・ライフ。たとえ末期がんでも、心安らかに生きる道をさぐる。「死」があって、初めて「生」の輝きがわかる。がんなんて、ケ・セラ・セラ。

*この記事は、1996年9月15日発行のものです。



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