元気なのにやせてきた
高齢猫は要注意!「甲状腺機能亢進症」
最近、うちの子、なんだか若返ったみたい。
活発に動くし、食欲だって旺盛。
高齢猫のこんなうれしい姿に、思わぬ落とし穴が…

【症状】
急に元気、活発になる。食欲が急増する。そのうちにやせてくる

イラスト
illustration:奈路道程

 世の中には、症状があまり病気らしく見えず、かえって元気になったと思っているうちに症状が悪化して、気づいた時には手遅れ状態という病気がある。その典型が「甲状腺機能亢進症」である。
 「甲状腺」とは、のどの下部にあって、動物の体を構成する細胞や骨、筋肉、内臓、皮膚などの代謝、働きを促進する、極めて重要な「甲状腺ホルモン」を分泌している内分泌器官である。甲状腺ホルモンの分泌が減少すると、活力が低下して衰弱していくばかり。一方、分泌され過ぎると、体中の細胞、組織の代謝、働きが過剰になって、以下のような様々な症状が現れてくる。注意すべきは、甲状腺機能亢進症になる猫のほとんどが八歳以上という点だ。
 例えば、急に活発になって、元気よさそうに動き回る。突然攻撃的になったり、逆に人なつっこくなったりすることもある。急に食欲が増して、バリバリとフードを食べる。
 なのに、そのうちにだんだんやせてくる。毛づやが悪くなり、パサパサしたり、ゴワゴワしたりする。いわゆる多飲多尿、おしっこをたくさんして、水をがぶ飲みする。よく食べて、嘔吐や下痢を繰り返す。あるいは、活力がなくなり、食欲低下、食欲不振になって、ガリガリにやせる。動悸が激しく、呼吸が荒くなる。気づいた時には、腎臓や肝臓、心臓などの重い内臓疾患を併発していて、有効な治療方法もなく、死に至ることも少なくない。
 高齢期の猫が急に元気そうになれば、そして、だんだんやせていくようなら、すぐに動物病院で調べてもらうことが大切だ。
 


【原因とメカニズム】
高齢期の猫に発症しやすいが、原因不明
 
 甲状腺機能亢進症が獣医学界で初めて報告されたのは1979年、アメリカでのことだ。日本で初めて報告されたのは1993年。以後、国内でも少しずつ症例報告が増えてきた。なお、アメリカでは最初の症例報告後10年ほどで症例が急増。高齢期の猫に最も一般的な内分泌疾患といわれるまでになった。日本でも今後、急増することが心配されている。
 では、なぜ、高齢期の猫が甲状腺機能亢進症になりやすいのか。これまでの研究では、原因は不明だ。アメリカでは、環境中の化学物質や食べ物の影響を疑う研究者もいるが、証明されたわけではない。
 問題が深刻なのは、「活発」や「食欲増進」など病気らしくない症状が多く、飼い主が「うちの猫、このごろ元気になった」と誤解しやすく、通院や治療が遅れやすいためだ。また、通常の血液検査や尿検査、聴診などでは腎機能や肝機能、心機能などの低下に注目が集まりやすい。甲状腺ホルモン値を測る血液検査は別途必要だが、なかなかそこまでは注意が行きにくいのが実情だ。今後、症例報告が増え、臨床経験が深まれば、より早い段階で発見、治療されていくに違いない。

【治療】
薬剤でホルモン分泌を抑制する「内科治療」と甲状腺を切除する「外科治療」
 
 治療法には、甲状腺ホルモンを抑制する薬剤を投与する内科療法と、甲状腺そのものを切除する外科療法がある。

●内科治療

 薬剤治療なら、一日に二回、薬剤を飲ませることになる。これまでの症例で、薬剤投与により、数年程度余命が延びることも少なくない。また、この病気で、心臓の筋肉が肥大する、肥大型心筋症と同様の症状(心臓内に血液があまり入らず、心臓は全身に血液を送ろうと心拍数を上げ、脈が速くなって呼吸も荒くなる)になっても、薬剤を投与すれば症状が収まってきたりする(普通の「肥大型心筋症」の場合、原因不明で、症状はコントロールできるが、根治療法はない)。
 しかし、長期投与すれば副作用の問題もある。また、薬でうまく甲状腺ホルモンの分泌量をコントロールできても、症状が悪化するケースがある。


●外科治療

 より効果的なのは、甲状腺を切除する外科療法である。最初に薬剤を投与して症状を安定させ、体調や内臓の様子をチェックしてから手術を行う。適切に甲状腺を切除すれば、ホルモン分泌がやみ、症状が改善され、寿命が延びることが多い(南が丘動物病院での症例で、手術後八年間生存した猫もいる)。しかし、こちらの方もいくつか問題が潜んでいる。
 その一つは、甲状腺を切除すれば、腎機能が一挙に低下して腎不全を起こす猫もいるため、最初に薬剤投与を行って腎機能の状況を調べ、手術すべきかどうかを判断する。
 二つ目は、甲状腺に付随する「上皮小体」という小さな組織にかかわる問題だ。上皮小体はカルシウムの産生や吸収をコントロールしている重要な組織だ。手術時、もし、それを傷つけるか、切除してしまった場合、体内のカルシウムが減少する「低カルシウム血症」を起こし、一命にかかわる事態になりかねない。そこで、左右二つある甲状腺を片方ずつ切除して、危険性を減らすことも多い。また、事前に上皮小体だけを切除して、首周辺の筋肉組織に埋め込む方法もある。数週間すれば、移植された上皮小体が機能し始める。
 甲状腺を取り除いたあとは、わずかに残る組織片や外部甲状腺細胞塊(舌根から心臓基部にかけて存在)が脳下垂体から分泌される甲状腺刺激ホルモンの影響で反応し、甲状腺ホルモンを分泌するケースがほとんど(約98パーセント)である。したがって、手術後に甲状腺ホルモン剤を投与する必要はない。
 なお、アメリカでは、放射性ヨードを投与して、異常を起こした甲状腺を内科的に破壊する療法が注目されている。ただし、放射性物質を使うため、日本では認可されていない。



【予防】
初期症状を見逃さず、早期発見、早期治療に努める
 

 甲状腺機能亢進症は現段階では原因不明のため、有効な予防策はない。ただし、ほとんどの症例が八歳以上のため、愛猫が八歳前後になって、急に“元気”になったり、食欲が増したり、やせ始めたりすれば、すぐに動物病院で詳しく診察してもらうこと。早期発見、早期治療によって、症状の悪化を抑えることができれば、余命を延ばすことが可能である。


*この記事は、2005年2月20日発行のものです。

監修/南が丘動物病院 院長 菅野 信二
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