歯肉が腫れ、歯が溶ける
多くの猫がかかっている「破歯細胞性吸収病巣」
「破歯細胞性吸収病巣」は、猫に多い歯が溶けていく病気。
症状が進行すると猫はひどい痛みに襲われるが、飼い主が口の中をチェックしてみても病状は分かりにくい。
もし愛猫が飲食をしづらそうにしていたら、念のため、動物病院で検診を。

【症状】
歯肉が腫れ、歯が溶けていく

イラスト
illustration:奈路道程

 このごろ、うちの猫、フードを食べたり、水を飲むのがつらそうな時がある。そっと口を開かせると、歯肉が腫れている。もしかして歯周病?そんな時、「破歯細胞性吸収病巣(歯頸部吸収病巣)」の可能性もある。動物病院で詳しく診てもらったほうがいい。
 破歯細胞性吸収病巣とは、猫に多い、歯が溶けていく病気である。最近の統計によれば、純血種猫の実に約80%、雑種猫の約40%がこの病気にかかっているといわれるほど、症例が目立っている。もっとも、猫の歯そのものが小さく、さらに歯肉の腫れる歯周病を併発することも多いため、歯の溶けだした個所が赤く腫れた歯肉に隠れ、飼い主が口の中をのぞいても分かりにくいことが多い。動物病院で麻酔をかけてレントゲン検査をして初めて発見されるケースがほとんどである。
 この病気は進行性で、中年期から発症し始め(もっと若い若年性の場合もある)、年とともに溶けだす歯が増加していく。ある症例報告によれば、1本、および2本の歯に病気が認められる平均月齢は59か月、5本の歯では68か月、6本の歯では98か月という。
 歯が表面から内部へ溶けていくに従い、神経を刺激して、チリチリと痛みを感じだし(知覚過敏)、その痛みがどんどん激しくなっていく。ただし、歯が完全に溶けて骨(歯槽骨)に置き換われば、痛みはなくなるが、歯周病などを併発していれば、歯根が吸収されずに残り、痛みも持続することが多い。そんな症状が、溶けだした歯すべてに起こるため、猫は、長期間、苦しみ続けることになる。
 

【原因とメカニズム】
破歯細胞が増殖して、永久歯を溶かしていく
 
猫の歯の断面図  この病気は「破歯細胞性吸収病巣」といわれるように、歯を溶かす細胞(破歯細胞)が異常増殖して発症する。
 例えば、骨の場合、骨をつくる「骨芽細胞」と骨を溶かす「破骨細胞」が常に働いて、骨を再構築している。歯の場合、通常、破歯細胞は乳歯から永久歯への生え替わりの期間だけ、乳歯を溶かす(吸収する)ために活動。永久歯にはまったく作用することはない。
 それが、どこでどう間違ったか、ある時、破歯細胞が猫の永久歯に取りつき、活動を開始し、表面のエナメル質やセメント質から象牙質へ、さらにその内部の歯髄へと侵食していくのである。エナメル質には神経がないため痛みを感じない。しかしその内側の象牙質には、歯髄から伸びる象牙線維が納まる象牙細管が無数に走っているため、象牙質が破壊され始めると、ピリピリとした痛みを感じだし、病気の進行とともに痛みも激しくなっていく。
 ではなぜ、本来は永久歯に作用しないはずの破歯細胞が増殖して、永久歯を攻撃し始めるのか。残念ながら、現在のところ、その原因は解明されていない。
 ただし、これまでラットやハムスターなどに、数年間、ビタミンDをフードに混ぜて過剰摂取させた実験で、それらのラットやハムスターの歯が、破歯細胞性吸収病巣と同様の症状を発現したとの報告があり、ビタミンDの過剰摂取をその要因として疑う研究者もいる。ちなみに、1960年以前、猫の破歯細胞性吸収病巣の症例はほとんどなく、70年代以降、急増傾向にある。

【治療】
症状がひどくなれば抜歯する
 
 この病気は正確な原因が解明されておらず、発症、症状の進行を止める治療法もない。ひどくなれば抜歯をする。そうすれば、猫は激しい痛みから解放され、穏やかに暮らすことができる。なお、歯がなくなっても、生活にほとんど不都合はない。先にも記したが、歯根が完全に骨に置き換われば痛みもなくなるが、歯周病などを併発していれば、歯根が残って痛みが持続する恐れがある。
 ただし、症状の段階(ステージ)ごとに次のような対症療法が行われることもある。

●ステージ1:歯の表面のエナメル質やセメント質に浅い損傷がある段階
 エナメル質の表面にフッ素を塗布して強化する。もっとも、病気の進行を抑えることができず、1年、2年と症状が進んでいく。

●ステージ2:エナメル質やセメント質の内部の象牙質にまで病巣がある段階
 歯の溶けた(欠損)部分に人の歯の詰め物(グラスアイオノマーセメント)を詰める。このセメントはフッ素を放出して歯垢細菌の侵入を防ぐといわれるが、やはり、病気の進行を抑えることは困難である。

●ステージ3:歯の内奥にある歯髄にまで病巣が達する段階
●ステージ4:歯冠歯質の1/2〜1/3が崩壊し、歯根膜と歯根が骨性癒着を起こしているような段階
 ステージ3と4の場合は、抜歯が基本となる。ただし、歯周病や歯肉口内炎、猫エイズ、猫白血病ウイルス感染症などを併発しておらず、歯根のレントゲン検査で歯根の透過性がある(吸収されている)場合などは歯冠切除のみを行う。

●ステージ5:歯冠が残っておらず、歯根が歯槽骨に吸収されている段階
 歯が完全に吸収されていれば、治療の必要はない(歯槽骨がデコボコしていれば切削する)。ただし、もし、歯根が残存していれば、痛みが激しいため、除去する。

【予防】
子猫の時から歯ブラシの習慣を
 
 破歯細胞性吸収病巣は、原因不明のため、適切な予防策もない。ただし、歯周病があれば、発症しても発見が遅れるだけでなく、症状が悪化して、猫の痛み、苦しみも大きくなる。子猫の時から歯ブラシなどでの歯磨きを習慣化して歯垢、歯石の付着を防ぎ、歯肉をマッサージしていれば、歯周病、歯肉口内炎などの予防にも役立つだろう。

*この記事は、2009年3月20日発行のものです。

監修/フジタ動物病院 院長 藤田 桂一


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