ヘルニアになる
ネコの場合、「ヘルニア」になる比率は犬に比べて低い。
しかし、事故やケンカなどのアクシデントをきっかけに
重篤な「横隔膜ヘルニア」や「腹壁ヘルニア」になるケースも少なくない。
監修/動物メディカルセンター 院長 北尾 哲
大阪府茨木市中穂積1の6の45 TEL 0726・22・1717

交通事故やケンカによる「横隔膜ヘルニア」

イラスト
illustration:奈路道程

 

 ネコのヘルニアでめだつのは、交通事故やネコ同士のケンカなどで突発的に横隔膜が裂けたりしておこる「横隔膜ヘルニア」である。
 横隔膜は、よく知られるように、犬やネコ、人など哺乳動物の体腔内で、心臓や肺のある胸腔と胃・腸・肝臓などのある腹腔を「隔」てる、筋肉と腱とからなる丈夫な「膜」で、肺呼吸を手助けする役割をになっている。ついでにいえば、哺乳動物の呼吸法には、いわゆる胸式呼吸と腹式呼吸とがある。胸式呼吸とは、胸の肋骨を開いたり、閉じたりして肺へ空気を入・出させる方式だ。腹式呼吸とは、横隔膜を収縮させて臓器のつまった腹腔を押し下げ(これは直立二足歩行の人の場合で、四足歩行の犬やネコなら「後退」させ)、胸腔をひろげて肺へ空気を入れ、次に横隔膜を拡張させ(つまり、胸腔内に押し上げ)て肺から空気を出す方式だ。
 この重要な横隔膜に裂け目が入ると、腹圧の高い腹腔から、横隔膜近くの胃や肝臓、膵臓、あるいは小腸などが胸腔に押入られていく。横隔膜がやぶれ、胃や肝臓などが肺を圧迫するので、ネコは呼吸困難になる。また、心臓も圧迫を受け、正常に拍動できなくなる。そうなれば、一大事である。
 もっとも、横隔膜が裂けるといっても、交通事故による直接的な障害ばかりではない。ネコは、車にひかれそうになったり、ライバルのネコと鉢合わせしたりすると、極度のパニック状態におちいり、異常なほどの力で飛び跳ねたり、駆けだしたりする。そのとき、無理な力が横隔膜にかかり、筋肉や腱の膜の一部が裂けるのである。戸外でネコ同士のケンカで大騒ぎした愛猫が帰ってきて、うずくまり、息苦しそうにしていれば、すぐに動物病院で検査を受け、もし横隔膜ヘルニアなら、ただちに切開手術して、胸腔に「脱出」した臓器を腹腔にもどし、横隔膜の裂けた部位を縫い合わせれば、問題ない。

ケンカによる「腹壁ヘルニア」
   横隔膜ヘルニアについで、ネコにおこりやすいのは、「そけいヘルニア」と「腹壁ヘルニア」だ。
 「腹壁」とは、臓器のつまった「腹腔」の、とくにお腹のほうをおおう筋肉の層である。ネコ同士のケンカでお腹をかまれたり、爪でひっかかれたりしたとき、たとえ、丈夫な表皮に大きな傷がなくとも、内側の「腹壁」が傷つき、裂けていることがある。そんなとき、表皮の傷が癒えても、腹壁の「裂け目」から腸管などが「脱出」する「腹壁ヘルニア」になるおそれがある。牙や爪の傷あとは、雑菌まみれで、化膿し、たとえ、ヘルニアで腸管が壊死しなくとも、腹膜炎を併発することも少なくない。ケンカ傷には要注意である。
 「そけいヘルニア」は、犬のページでふれたように、足の付け根(そけい部)の「すきま」に腸管などが「脱出」するものだが、ネコの場合、犬に比べて少ない。
 また、高齢期の雄犬にめだつ「会陰ヘルニア」については、ネコの場合、同様の高齢期の雄ネコでも、その症例はほとんどみられない。その要因として、元々、ネコは犬に比べて体格が小さく、また、雄ネコの骨盤腔はかなり狭いために、たとえ周辺の筋肉がおとろえても、腹腔内の臓器が「脱出」するほどの「すきま」ができにくいことによると考えられる。
 もっとも、ネコの骨盤腔が狭いため、交通事故で骨盤を骨折したり、また、年老いて、腸の働きが悪くなってきたりすると、便秘に悩むネコも少なくない。一長一短である。なお、便秘がひどいネコの場合、骨盤に蝶番(ちょうつがい)のようなプレートを装着して、骨盤腔をひろげる手術や直腸などの腸管の一部を切除する手術をすれば、良くなることが多い。
 このように、ネコと犬では、同じヘルニアでも、かなり状況が異なっている。
 たとえば、「ヘルニア」とよばれる病気には、腹腔にかかわる、本来の意味の「ヘルニア」以外に、背骨の病気である「椎間板ヘルニア」や後頭部の「小脳ヘルニア」などがあるが、それらも、ともに犬にみられるが、ネコにはほとんど無縁だ。

ヘルニアとは無関係だがこわい異物飲み込み
   ヘルニアとは直接関係ないが、消化管を傷つける事故のなかでとくに多いのは、糸や針などの異物の飲み込みである。
 家の中には、好奇心が強いネコの気をひく小物がたくさんある。そのなかで糸玉で遊んでいて、そのまま糸を飲み込むケースがめだつ。糸は細く、長いので、糸玉の部分が胃にあっても、糸の先がどんどん腸に送られてからまり、腸管がぜん動運動をおこすたびに胃のほうにたくしあげられ、糸によって腸管がさけたりしやすいのである。また、糸の先についた針を一緒に飲み込み、腸管に刺さることもある。内視鏡を使って、うまく除去できればいいが、それができなければ、開腹手術をして、傷ついた腸管部分を切除して、縫い合わせなければならない。
 あるいは、毎日からだをなめるネコの毛玉が腸管につまって、腸閉塞をおこすケースもある。ふだん活発な愛猫が急に苦しそうな様子をしめしたら、そのような異物の飲み込みなどをうたがう必要もある。

*この記事は、2001年1月15日発行のものです。

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