避妊・去勢
子ネコを不幸な野良ネコに追いやらないために
異性への思いをだれはばかることなく発して、庭先や路地、軒下や屋根の上をさまよい歩くのが、ネコ族の恋の季節である。 しばらくすると、わが家のタマやミーのお腹がせり出し、あっと言う間にベビー誕生のときがきて、何匹もの子ネコの養子先に頭を悩ます結果となる。 後悔、先に立たず。避妊・去勢について考えてみよう。
監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 正義

野良ネコは「猫算」で増加する

イラスト
illustration:奈路道程

 

 まず、簡単な算数の問題から始める。
 メスネコ・タマがいる。彼女が1度のお産で産む子ネコが5匹で、恋の季節が年に4度とすれば、毎年何匹のネコがこの世に生まれるのか。もちろん、1年未満で子ネコたちも成猫する。確率として、その半数がメス。では、5年後にタマ一族は何匹に増えているのだろうか。ついでに言えば、日本中に飼いネコだけで推定400万匹もいる。それに野良ネコの数を加えてみれば、もう計算不可能。「猫算」だって相当のものである。
 ごみ箱をあさり、フン尿をまき散らし、近所の台所に忍び込んで魚を盗む。車にはねられ、ケンカと恋を際限もなく繰り返す。そんな野良ネコたちをこれ以上増やさないために、ネコと暮らす人間が真剣に考え、取り組まなければいけないのが、避妊・去勢である。先の「猫算」を思い返せば、「ネコの自由尊重」派や「見て見ぬふり」派や「かわいそう」派も、問題を安易に先送りできないことが理解できるだろう。
 とくにネコたちは普段から、犬と違って戸外へ自由に出入りする。それが恋の季節ともなればなおさらだ。家人が出入りする一瞬の隙間をぬってさっと外へ飛び出す。そうなっては手遅れ。あとは、無事の帰還と安産を祈るばかりである(もっとも、妊娠初期に卵巣ホルモンを注射して、人工流産を行うこともできるが、それはあくまで応急措置)。
 飼いネコがオスだといって知らない顔もできない。ネコ族の人口増加を支えることに変わりはない。その上、恋の季節はケガや事故、病気になる可能性のもっとも高い時期だ。愛猫といつまでも楽しい生活を過ごすためにも、避妊・去勢が必要といえるだろう。

適切な手術時期は“生後8ヵ月”頃
   避妊・去勢は、いつ頃行うのがよいのだろうか。
 子ネコの間に手術を受けると、ネコの心身の成長に必要な性ホルモンや成長ホルモンが不足して、肉体的にも精神的にも未熟なままに成猫となる。オスネコではペニスの発育不良で、尿のつまる病気になりやすいという説もある。といって、成猫になってからだと、性ホルモンがアンバランスになりやすい。また、恋の季節を1度経験すると、その後、避妊・去勢しても擬似発情し、異性を求めて野外に飛び出すことも少なくない。
 避妊・去勢手術にもっともいいのは、生後8ヵ月ぐらい。成猫となる直前である。そのころに済ませておけば、メスネコなら、将来、乳ガンになる可能性もほとんどないという。
 手術自体は、信頼できる動物病院であれば、問題はない。去勢なら10分前後、避妊手術でも20分前後で終わる。ただし、全身麻酔のために、飼い主として事前に注意しなければいけないことがある。
 まず、愛猫が健康かどうか。手術前に一度病院に出かけてチェックしてもらい、各種の伝染病の予防注射を済ませることが大切。そして、手術前夜から食事や水の量を控えめにして、当日は朝から絶食のこと。水も一切あげてはいけない。手術中、ネコが無意識に胃のなかの食べ物や水分を嘔吐すれば、気管や肺に入ってしまい、窒息死する恐れがあるからだ。
 なお、去勢手術とは、オスの睾丸を摘出すること。避妊手術には、卵巣と子宮の間の卵管をカットするケース、卵巣だけを摘出するケース、そして卵巣と子宮の両方を摘出するケースがある。しかし、卵管をカットしても、いつの間にか元通りにつながっている場合もある。また、子宮が残っていれば、まれに黄体ホルモンが残っていて妊娠状態になることもある。さらに、子宮に膿のたまる子宮蓄膿症になる可能性が高い。やはり卵巣と子宮の両方を取りのぞく手術がもっとも安全・確実である。

避妊・去勢後は肥えすぎに注意
   たいていの病院では、避妊・去勢手術は即日退院となる(なかには術後の様子を見るために1泊2日の入院を実施する病院もある)。術後、適切な消毒と抗生物質の投与を受けていれば、心配ない。ただし、術後に傷口に泥などが付けば化膿するかもしれない。室内でゆっくりと静養させてあげたい。
 避妊手術の場合、抜糸は、術後10日から2週間。抜糸が終わったからといって、すぐに戸外に出すと、傷口に負担がかかり、出血することもある。少なくとも、術後15日か20日は静養させるべきだ。幸い、動物は痛みに強い。また、うまく治癒していれば、傷口を舐めたりすることもない。術後、しきりに傷口を舐めるようなら要注意。化膿していることが多い。
 メスネコの避妊手術について、先に生後8ヵ月ぐらいが一番いいと書いたが、成猫でも、手術自体に問題はない。ときには妊娠中に病院に駆け込むケースもあるという。もっとも、出産後1ヵ月は絶対に避けるべきだ。出産後は、大きく膨らんだ子宮が急激に収縮して大変もろくなっているからだ。
 とにかく、避妊・去勢すれば、愛猫は波瀾万丈の生活とは縁遠くなり、エネルギーの消耗度も低下して、心身ともに安定した暮らし方ができるようになる。しかし、その分、ネコの興味・関心が色気よりも食い気になって肥えやすくなる。何よりも食べすぎに注意したい。

*この記事は、1995年3月15日発行のものです。

●岸上獣医科病院
 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
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