避妊・去勢2

【意義】
感染症やケガの防止、不幸な子猫たちを減らすためにも

イラスト
illustration:奈路道程

 

 愛すべき猫たちの「避妊・去勢」をどうすべきかは、飼い主たちがしばしば頭を悩ます難問の一つである。
 子猫が生まれても自宅で飼えないし、どこかでもらってくれるところも見つからない。また、恋の季節に異性を求めて戸外をさまよい、猫同士のケンカや交通事故、また、野外に暮らす猫たちから、万一、猫エイズ(猫後天性免疫不全症候群)や猫白血病ウイルス、あるいは猫伝染性腹膜炎など、治療の困難な、一命にかかわる感染症をうつされたら、どうしようか。それならばと、愛猫の避妊・去勢手術を受けようと決意する人も少なくない(なかには、発情期の尿スプレーなどの「問題行動」を抑えるために実施することもある)。
 一方、避妊・去勢手術で愛猫のからだにメスを入れるのはかわいそうだ。”自然“のままに、子猫を産み、育てさせてあげたいと、避妊・去勢手術をためらう人も少なくない。
 この問題は、基本的に、それぞれの飼い主家族が、じっくりと話し合って決断すべき重要なテーマである。
 しかし、そのとき、考えていただきたいことがある。現在、日本では、一年間に、いわゆる”殺処分“される猫たちが約三十万匹にのぼるという。そして、その約八割が生後間もない子猫たちである。もちろん、そのなかには野外で暮らす野良猫たちの子孫も多いに違いない。けれども、どこかの家庭で生まれた子猫たちが”殺処分“される事例もきわめて多いのである。
 そのような、この世に生まれてすぐ、不幸な運命にもてあそばれる子猫たちを少しでも減らすためにも、避妊・去勢の問題をしっかりと考える必要があるのではないだろうか。 

【発情のメカニズム】
日照時間と発情のかかわり
   ここで、猫の発情のメカニズムについて考えてみよう。
 発情周期(性周期)は、ふつう、犬なら一年に二回ほど(約七か月周期)だが、猫の場合、メス猫の体質や飼育環境により、一年に二回、三回、あるいはそれ以上と、さまざまなケースが知られている。
 それはなぜか。実は、猫の発情(性周期)を決定する要因は、猫自身のからだのサイクルだけではなく、”光の明るさ“にも関係しているからである。つまり、メス猫は、一日二十四時間のうち、十二時間から十四時間のあいだ、五百ルックス(事務室程度の明るさ)という強さの光の下にさらされていると、発情しやすいと考えられている。だから、日照時間の短い冬場は発情しにくくなり、春の訪れとともに、恋の季節もめぐってくる。
 野外に暮らす猫たちならともかく、室内暮らし中心のメス猫たちの場合、同居する飼い主家族の生活が夜型になり、遅くまで明るい光の下で暮らすようになれば、日照時間の短い冬場でも発情しやすくなるわけである。
 なお、メス犬では、卵巣内で「卵」が成熟し、「排卵」が起きる時期を「発情期」という。しかし、メス猫の場合、「卵」が成熟して「発情期」に入り、オス猫と交尾することによる「交尾刺激」によって「排卵」が起きる(そのため、妊娠の確率が非常に高い)。もっとも、半数ほどのメス猫では、犬のような「自然排卵」も起こりうるといわれている。   

【手術】
猫の発育と手術時期、手術方法
   では、避妊・去勢手術の時期は、いつごろが適切だろうか。
 これについては、「初発情(早ければ半年、ふつう八〜十か月)前後がいい」、「心身が発達する生後一年ほどの時期がいい」とか、各動物病院の考え方により、さまざまだ(アメリカなどでは、生後七週間というケースもある)。また、手術方法は、オス猫の場合は、睾丸を摘出するだけだから簡単だが、メス猫の場合は、それぞれの動物病院によって、「卵巣」だけを摘出する方法と、万一の子宮の病気予防などを兼ねて「卵巣と子宮」を摘出する方法がある。
 手術時期や手術方法については、かかりつけの動物病院でよく相談していただきたい(ついでにいえば、避妊手術以外の避妊方法として、現在、メス猫の皮下にカプセル状の発情抑制ホルモン剤を埋め込む「インプラント」がある。これなら、約一年間、発情を抑えることができる。埋め込む時期や副作用について、よく相談していただきたい)。
 なお、市(区)町村などの地方自治体では、野良猫防止・捨て猫防止のために、避妊・去勢手術について一定金額の助成金を交付しているところも少なくない。また、野良猫の避妊・去勢に積極的に取り組んでいる個人や民間団体、公的機関も増えている。

【手術後の注意点】
傷口を守る、肥満防止に努める
   いずれにせよ、麻酔技術をはじめ、獣医学医療が高度化した現在、避妊・去勢手術の危険性はほとんどないと思われる。ただ、注意すべきは、手術後のケア、飼育方法である。
 手術後、一、二週間で抜糸するが、それまでの期間、猫たちは、気がかりな傷口を自分でケアしようとしてひたすらなめたがる。それを防ぐために、エリザベスカラーや特製の術後服を着けて、おなかの傷口をなめられないようにする必要がある。しかし、エリザベスカラーを着けると、食事がしにくいし、あちこちに引っかかって大騒ぎになることもある。爪で引っかいて、エリザベスカラーを自分ではがす猫もいる。
 それから、避妊・去勢後、とくに食事管理に気を付けていただきたい。性ホルモンの分泌がなくなると、猫たちは、からだの代謝率が三割前後低下する。つまり、手術前と同じ食事内容だと、ただそれだけで三割前後、肥えてしまうことになる。そのうえ、避妊・去勢すると、”色気より食い気“で、食欲が高まる猫も少なくない。運動量も自然、低下して、さらに肥えやすくなる。肥満になれば、内臓や足腰への負担も増え、いろんな病気になりやすくなる。食事量を減らし、なるべく一緒に遊ぶ機会を増やすなどして、愛猫の健康維持を図っていただきたい。

*この記事は、2003年4月20日発行のものです。

監修 岸上獣医科病院副院長  長村 徹


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