太った猫が食べなくなる
「食べない」ことが発症のきっかけに
太った猫がかかりやすい「脂肪肝」。
脂肪肝を患うことで動物の生命維持に欠かせない肝臓の機能が止まり、数日で重篤な状態になることも。
愛猫の異常にいち早く気づくことが大切だ。

【症状】
元気がなく、食欲不振。脳神経症状も

イラスト
illustration:奈路道程

 太った猫が突然食べなくなる。そんな時、飼い主が「やせるから、ちょうどいいかも」と思って様子を見ていると、肝臓に脂肪が蓄積する「脂肪肝」になって一気に肝機能が損なわれ、亡くなることもある。勝手な思い込みに頼ると、大変だ。
 肝臓は、動物の生命維持に不可欠な、様々な働きを行っている。その一つが、吸収された栄養素を処理し、貯蔵することだ。例えば、エネルギー源となる糖分(グルコース=単糖類)を体中の細胞に分配したり、糖分の一部を非常用のエネルギー源となるグリコーゲン(多糖体)として蓄え、さらには、余分な糖分を体内の脂肪組織に送って、最も効率的な非常用エネルギー源・脂肪として蓄える。余った脂肪分も体内の脂肪組織に蓄えさせる。
 このほか、たんぱく質の残りカスである有害なアンモニアを尿素に変えて腎臓に送り出す。体内に入った薬物や毒物を分解、解毒する。脂肪分から、食べ物として摂取する脂肪の消化・吸収を助ける胆汁をつくったり、余った脂肪分を体内の脂肪組織に蓄えさせる。血液の凝固物質をつくる、などだ。
 そのような肝臓の働きが、突然、脂肪肝によって止まれば、栄養不足になるばかりか、有害物質が体中を循環して神経症状を示したり(肝性脳症)、体を酸化させ(後述のケトアシドーシス)、わずか数日で致命的になりかねない。
 人の脂肪肝は栄養の摂り過ぎ、つまり食べ過ぎによって肝臓に脂肪が蓄積していくことに起因する。一方、猫の場合は、突然“食べなくなる”ことによって体内の脂肪組織から脂肪分がどんどん分解され、それに何らかの要因が加わって、急激に肝臓内で脂肪が合成され、脂肪肝となる。
 


【原因とメカニズム】
栄養バランスの乱れと脂肪の代謝異常など
 
 現在、猫がなぜ脂肪肝になるのか、はっきりとした原因は解明されていない。しかし、その要因はいくつか推測されている。

●インスリンの働きが低下する

 体が必要とする以上に糖分や脂質を多く含んだ食べ物を食べていれば、体脂肪がどんどん増えていく。そして、太っている猫は、血中の糖分を体の細胞内に押し入れる役割をするインスリン(膵臓内でつくられるホルモン)の働きが弱くなりやすい。そうなれば、細胞は糖分(エネルギー)不足になる。
 そこで脂肪の出番となる。脂肪組織に蓄えられた中性脂肪がグリセロールと脂肪酸に分解され、代替のエネルギー源となるわけだ。インスリンの働きがもっと弱くなると、さらに脂肪組織中の中性脂肪の分解が促進される。その時、使用されなかったグリセロールと脂肪酸が肝臓に運ばれ、肝臓内で脂肪に再合成されやすくなる。


●脂肪酸が増え過ぎる

 もっとも、脂肪酸は体中の細胞内にあるミトコンドリアに取り込まれることでエネルギー源として利用されるため、順調に消費されていれば、それほど問題はない。しかし、脂肪酸をミトコンドリア内に取り入れるのに必要な栄養素(カルニチン)が不足しがちの猫もいる。そんな猫なら、脂肪酸が体内で消費されず、肝臓内にたくさん運ばれてしまい、脂肪肝の危険性が高くなっていく。
 また、脂肪酸が増えると、ケトン体という物質に変わりやすくなる。ケトン体は、脳などのエネルギー源となるが、増えると、血液が酸化して(ケトアシドーシス)、元気・食欲も喪失し、ひどくなれば昏睡状態になりかねない。


●コレステロールの循環が悪くなる

 脂肪肝の要因として、食事中の、あるいは肝臓でつくられるコレステロールの問題も考えられている。
 コレステロールは、消化酵素の一つで、肝臓でつくられる胆汁の成分である。また、性ホルモンや副腎皮質ホルモンなどの原料でもあり、皮膚表層のケラチンの成分であり、神経や細胞膜の成分でもある。そのため、常に肝臓から血管内を循環して体中で活用され、余分なものが肝臓に戻ってくる。コレステロールはある種のリポたんぱく(たんぱく質と脂肪の複合体)に運ばれて、体の組織内に取り入れられる。
 ところが、猫の栄養バランスが悪く、たんぱく質が不足すれば、コレステロールの運び役(リポたんぱく)も不足して、肝臓内にコレステロールがたまりやすくなる。
 猫が絶食状態になると、特に太った猫の場合、これらの様々な要因が関係して、一挙に脂肪肝となる可能性が高いのである。


【治療】
適切な栄養をたっぷりと与え続ける
 
 このように、炭水化物や脂肪の摂り過ぎ、たんぱく質不足などの栄養バランスの崩れ、肥満、カルニチンという栄養素不足などが脂肪肝の潜在要因となる。
 しかし、直接的な引き金は、“食べない”ことによる、体の“飢餓感”である。
 そのため、脂肪肝の治療は、猫にいかに食べさせるか、必要な栄養素を摂取させるかにかかってくる。たとえ、猫の食欲がまったくなくても、食欲増進剤を与え、経口、点滴、食道や胃へ直接チューブを挿入したりして、必要な栄養素をひたすら与え続けていく。そうすれば、二、三週間から一か月ほどで肝臓内の脂肪が分解され、また肝臓が正常な機能を取り戻すことができるようになる(現在、治癒率は六割以上)。
 もっとも、肝臓が、たんぱく質の残りカスとなるアンモニアを尿素に変える機能を損なっていて、すでに脳神経症状が現れているようなら、必要なたんぱく質を補給しようとすれば、症状が悪化するばかりとなる。
 なお、脂肪肝は肝臓内に脂肪が蓄積する病気で、血液検査では分からない。直接、肝臓組織の一部を採取し、検査して確定する必要がある。超音波検査によっても、ある程度、推定することは可能だ。


【予防】
栄養バランスのいい食事と、適切な運動
 
 脂肪肝の背景には、栄養バランスの崩れと肥満が潜んでいる。だから、子猫の時から、猫にとって必要な、バランスのいい栄養素を含んだ食事を与えることが大切だ。
 猫は犬ほど炭水化物が必要ではないので、ビスケットなどの甘いおやつを与えないこと。そして、一緒に遊ぶ機会を増やし、運動不足と肥満、ストレスがたまった状態にならないように気をつけることが大切だ。普段から体を動かさないと、体は省エネモードになって、エネルギー消費量も減ってくる。特に避妊・去勢をしていれば、その分、エネルギー消費量も下がり、食欲が高まり、肥満傾向になりやすい。さらに、室内飼いとなれば、猫たちも、無意識のうちに食事量や食事回数が増えやすく、飼い主も食べ物を与え過ぎてしまいがちである。
 もし太ってしまった時は、体調管理に十分すぎるほど気を遣った方が良い。しかし、無理なダイエットは危険である。

*この記事は、2005年4月20日発行のものです。

監修/寝屋川グリーン動物病院 院長 長村 徹
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