被毛がはげるほど、体をなめる
ストレスが原因になる「自傷行為」
毎日せっせと毛づくろいに励んでいる猫は見ていてほほ笑ましいが、毛がはげるほどなめ過ぎていたら、それは「自傷行為」かもしれない。
原因を見極めて、適切な対処をすることが大切だ。

【症状】
体をなめ過ぎて、脱毛する

イラスト
illustration:奈路道程

 目を覚ませば体をなめ、遊びの後になめ、食事を済ませれば入念に体をなめ回し、一寝入りする前にまたなめる。猫ほど毛づくろいする動物は少ないに違いない(ある調査レポートによれば、猫は1日の生活時間のうち、毛づくろいに30%の時間を費やしているという)。
 猫がよく体をなめる、つまり毛づくろいする理由については様々な説があげられている。例えば、汚れを落とし、ノミなどの寄生虫を退治して、体を清潔に保つため。野生時代、北アフリカの砂漠地帯に暮らしていたため、過酷な暑さの夏、被毛に唾液をつけて気化熱を発生させて体を冷やしている。あるいは、不安感や恐怖感を感じた時、体をなめて気分転換を図っている(転位行動)などである。
 それらの理由はともかく、猫が毛づくろいにふけっている姿を眺めるのは飼い主の楽しみのひとつでもある。
 しかし、時にはいつも体をなめ回し、飼い主が気づくと愛猫のおなかや背中など体のあちこちの毛が薄くなったり、はげたりしている場合がある。こんな場合、その背景に何らかの病因が潜んでいると思ってもおかしくない。かかりつけの動物病院でよく検診してもらったほうがいい。
 

【原因とメカニズム】
ストレスから逃れようとする“転位行動”が過剰になる
 
 どうして毛が抜け、はげるほど猫が自分の体をなめ回すのだろうか。
 その要因をいくつか挙げると、「ノミなどの寄生虫」や「食物アレルギーなどの皮膚炎」、そして「ストレスなどから逃れようとする“転位行動”が過剰になった問題行動」などがある。今回はその中の「問題行動(自傷行為)」について述べるが、愛猫が毛が抜けるほど体をなめるからといって、すぐ「問題行動」と決めつけるのは正しくない。
 ノミ被害かどうかは、猫の体に成ノミや虫卵、フンなどがあるかよく調べれば診断がつきやすい。一方、食物アレルギーかを調べるには、まず低アレルギー食に切り替え、ある程度時間をかけて、猫が体をなめる回数を減らし、症状が和らいでくるかを確認する。
 それらの皮膚病との関連性が認められない場合、「ストレスなどから逃れようとする“転位行動”が過剰になった問題行動」の可能性が高くなる。
 ではどんなストレスが考えられるのか。
 例えば、外に出たくても出られない(特に野良猫出身、また、出入り自由の猫が外出を制限された)。嫌いな猫や人が自分のテリトリー内に入ってくる(多頭飼い、あるいは結婚や出産などで新たな同居家族が増えた)。離乳が早く、ずっと一緒に暮らしてきた飼い主が不在がちになった。家の近くで騒音の激しい工事が始まった―など、猫たちのそれまでの生活環境を大きく変える状況に陥った場合である。
 短期的なストレスなら、しばらく毛づくろいなどの転位行動を行い、気分転換しているうちに、また元の平穏な生活環境が戻ってくる。しかし、多頭飼いや結婚、出産、外出禁止、長期工事など、いつまでも“悪い”状況が続く場合、自分の体をなめ続けないと耐えられない猫もいるのである。

【対策】
主な原因を見つけて、リラックスできる生活環境を確保する
 
 対策の第一歩は、愛猫が“過剰な”ほどの毛づくろいをしているかどうかを見分けることである。
 いつもより明らかに回数も多く、時間も長く体をなめ続けているのなら、すぐに愛猫が安心して過ごせる「隠れ場所」をつくること。そうして、愛猫のストレス要因を探り、対応策を考えることである(いつごろから“過剰な”毛づくろいが始まったかを振り返れば、思い当たることが多い)。
 単純に体をなめる行為を止めさせるために、エリザベスカラーをつけたり、服を着せたりすれば、かえってストレスが増して逆効果になりかねない。
 もし多頭飼いで相性の悪い猫がいるのなら、他の猫が入れない部屋を確保し、その中でくつろぎ、食事し、トイレができるようにしてあげる。結婚や出産など同居家族が増えたことがきっかけと思われるのなら、愛猫の嫌う家族が立ち入らない部屋を確保したほうがいい。
 これまで一戸建ての家で猫が自由に出入りできたのに、集合住宅に引っ越して完全室内飼いになった場合、飼い主が一緒に遊ぶ機会を増やしたり、本棚やラック、タンスなどの配置を工夫して、上下運動の好きな猫が上り下りできるようにしてあげたりするのもいいだろう。猫の運動欲求や探索心を満たして、ストレスを緩和させるのも大切である。
 もっとも、中には、本来ならリラックスするはずのタンスの上や押し入れの中でも毛づくろいを繰り返すほど症状の重い猫もいる。そんな場合、環境の改善だけでは効果が現れにくく、早めにストレスを緩和する薬の投薬治療を行ったほうがいいだろう。

【予防】
快適で、ストレスの少ない飼い方を実践する
 
 室内飼いが基本となってきた猫がいかに快適に、つまり、大きなストレスを感じずに暮らすことのできる飼い方、生活環境を確保するかが何よりも大切である。
 といっても、猫の大きなストレス要因になり得る引っ越し、結婚、出産など、飼い主の生活の変化と無縁でいることは難しい。そんな場合、愛猫が新しい生活環境や新しい家族に少しずつなじんでいけるように最初から十分留意してほしい。また、猫にとって多頭飼いによるストレスは、飼い主の想像以上に大きいことを理解して、子猫がかわいいからと、安易に猫の頭数を増やさない配慮も必要である。
 もちろん、それぞれの猫によって、ストレスに強い、弱いがある。生後早く母猫から離されたり(早期離乳)、子猫の時、他の猫や人との関係が少なかったり(社会化不足)、極端に憶病だったり、神経質だったりすれば、ストレスに弱く、何か大きな環境変化などをきっかけに、スプレー行為(オシッコかけ)や攻撃性、あるいは自傷行為などの問題行動が現れやすくなる。それぞれの猫の育ち方や個性、性格を踏まえ、どんな飼い方、暮らし方がいいかを考えてみてほしい。

*この記事は、2008年6月20日発行のものです。

監修/どうぶつ行動クリニック・FAU(ファウ) 尾形 庭子
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