元気や食欲がない、咳、嘔吐をする、血尿が出る
猫にも感染する「フィラリア症」
犬の病気として広く知られている「フィラリア症」は、症例は少ないが猫にも見られる。
犬よりも重篤になりやすく、ほとんど無症状のまま突然死することも。

【症状】
元気や食欲の減退、咳、嘔吐、血尿。時には無症状で“突然死”

イラスト
illustration:奈路道程

 「フィラリア症」は、「犬糸状虫(フィラリア)」という、成虫になれば、そうめんのような白く細長い姿になる(メスで体長30センチ近く、オスで17〜18センチほど)寄生虫が、主に肺動脈の入り口あたりに住み着き、肺動脈を障害して、寄生した動物の命を奪いかねない病気である。
 「犬糸状虫」は、その名が示すように犬によく寄生するが、犬だけでなく、症例は少ないが、猫や人、アザラシなどに寄生することもある。近年、猫に犬糸状虫が寄生して重い症状を引き起こす症例が注目されるようになってきた。もちろん、寄生の可能性は犬よりずっと少ない。しかし、注意すべきなのは、猫の場合、同じフィラリア症でも、犬の場合と違って、病気の進行、症状の現れ方が“急”なことである。
 犬の場合、年ごとに寄生する親虫の数が増えていき、何年か後にはたくさん(多いと何十匹)の親虫が肺動脈に集まり、元気がなく、息を切らせたり、咳き込んだりし、放置すれば死に至る。しかし、猫の場合はわずか1匹か2匹の親虫が寄生しても元気や食欲がなくなり、咳や嘔吐などの症状が出たり、血尿が出たり、あるいはほとんど無症状のまま、突然死したりするケースが少なくない。
 猫は犬より心臓などの臓器も小さく、肺動脈などの血管も細いため、万一、犬糸状虫が寄生すれば悪影響が出やすい。加えて、犬糸状虫に対する猫の免疫力の“強さ”が、かえって命を縮めると言えそうである。
 

【原因とメカニズム】
「免疫」のスキをついて、感染犬→蚊→未感染猫への感染サイクル
 
 猫に対する犬糸状虫の感染の仕方は、犬の場合と変わらない。まず、犬の体内に暮らす親虫から生まれたミクロフィラリア(第1期幼虫)が、その犬の血を吸った蚊の体内に移り、そこで2度の脱皮を繰り返して第3期幼虫となる。その後、猫の血を吸った蚊の吻(ハリ)の周りに待機する第3期幼虫が、猫の皮膚表面に開いた(蚊が血を吸った)穴から猫の体内に侵入。第4期から第5期幼虫へと脱皮を繰り返しながら発育し、第5期段階になると、静脈の血管内に侵入。血流に乗って心臓(右心房)に至り、次いで、右心室から肺動脈に移動して親虫に育つ。
 しかし、猫の免疫力が強いため、第3期幼虫が猫の体内に侵入できても、その多くが猫の心臓へ行き着くまでに死滅する。たとえうまく心臓から肺動脈に至ることができても、そこで親虫になる前に死んでしまう。
 犬糸状虫は、生きていれば、毒性のある排せつ物を出して少しずつ肺動脈に悪影響を与えていく。しかし1、2匹の、かなり大きく育った第5期幼虫がうまく生き延び、心臓から肺動脈に移り住んでも、猫の免疫力によって、そこで親虫に育つ前に死ぬ可能性も高い。そうなれば、死んだ虫体が分解され、毒性の強い物質が出る。そこで猫の免疫力の“強さ”が問題になる。死んだ虫体から分解された物質に“強く”反応するため、肺動脈の血管内壁が大きく肥厚したり、肺動脈が詰まり、急激な循環不全による突発性心不全を起こしたりしやすくなるのである。

【治療】
犬に比べ、治療はかなり困難
 
 フィラリア症の猫に対する治療は、犬の場合よりかなり難しい。それにはいくつか要因がある。
 ひとつには、先に述べたように、猫の場合は病気の進行が急激で、犬糸状虫がわずかな匹数寄生しただけで死ぬケースが多いためである。犬の治療法は、予防薬を定期投与し、以後の寄生を防ぎながら駆虫薬を投与して、すでに寄生している親虫を徐々に退治したり、外科手術で親虫を1匹ずつ体外に釣り出したりしていく。しかし、猫の場合、肺動脈内で1、2匹の親虫が死んだだけでも致命的になりかねないため、親虫の駆虫薬投与も細心の注意がいる。また、血管も心臓も犬に比べてはるかに細く小さい猫の場合、外科手術は困難である。
 そのうえ、厄介なことがある。犬の場合、親虫の寄生数が多いため、彼らが産生するミクロフィラリアの数も極めて多く、血液検査によって、感染・寄生の有無を確かめることができる。しかし、猫の場合、もしフィラリア症にかかっていても、犬糸状虫の寄生数が少なく、また、親虫に成育する前に死ぬ可能性も高いため、血液検査でのミクロフィラリアの確認が難しい。さらに猫の場合、咳などのフィラリア症に多い症状を示さずに、突然死することも少なくない。飼い主も獣医師も、重篤な症状にならないと病気を見過ごしやすいのである。

【予防】
室内飼いとフィラリア予防薬の定期投与
 
 猫のフィラリア症は、症状の発見、感染・寄生の検査や治療も難しいため、予防が何よりも重要になる。
 「外出自由」より「室内暮らし」のほうが感染しにくいことは言うまでもない。そのうえ、近年は、猫向けの予防薬(第3期および第4期幼虫を駆除)も開発されているため、犬同様に動物病院で処方してもらうことができる(フィラリア予防薬には、犬糸状虫だけでなく、ノミやダニ、回虫などの駆除に役立つものがある)。なお、予防薬には、蚊の活動しだす春から、活動を休止する晩秋か初冬まで毎月1回投与するタイプと、1年に1度投与するタイプがある。
 猫は、犬に比べてフィラリア症の感染確率は低いが、周辺にフィラリア症にかかる犬が暮らしている地域では、感染の可能性がある。1970年と1998年に行われたある実験結果によれば、1998年のほうが、猫に対する犬糸状虫の感染率が高いという報告もある。それが事実なら、犬糸状虫の、猫に対する感染適応力が高まってきたためか、あるいは猫の免疫力が以前よりも低下傾向にあるのか、その両方が組み合わさっているのか。いずれにしろ、猫のほうも、フィラリア症の予防をもっと真剣に考えるべきではないだろうか。

*この記事は、2006年3月20日発行のものです。

監修/日本獣医畜産大学 獣医寄生虫教室 教授 今井 壯一
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