骨折2

【症状】
よたよた歩き、物陰でじっと身を潜めると…

イラスト
illustration:奈路道程

 

 表の道路で車の急ブレーキの音がしたと思うと、愛猫が足をひきずりながら家に戻ってきて、ソファの下やタンスの陰でじっと身を潜めたまま動かない。あるいは、ベランダで遊んでいた愛猫の姿が急に見えなくなり、下をのぞくと、地面に倒れていた。猫は、そんな交通事故や落下事故によって、骨折などの大けがをすることがよくある。
 動物は、大小多くの「骨」が複雑に組み合わさって形成される「骨格」によって自らの体を支え、大切な脳神経や内臓を守り、歩いたり、走ったりすることができる。だから、どこかの骨が折れれば、今までできた動きや生活ができなくなる。そうなれば、野生動物なら、単に食事ができないだけでなく、たとえ肉食動物であっても、他の動物に食べられる恐れが強くなる。外敵に見つからない隠れ場所で、折れた骨がくっ付くまでじっと潜んでいるのが野生動物の知恵だ。
 確かに手足を折った、アゴの骨を折った、という程度ならそれほど心配はない。しかし、骨折するほどの打撃、衝撃を受けると、体の小さな猫は、骨格で守られている重要な内臓がダメージを受けることも少なくない。特に衝撃の激しい交通事故などでは、顔面や頭部を強打して眼球が飛び出たり、脳震盪、脳挫傷を起こしたり、骨盤がつぶれて、膀胱破裂を起こしたりするケースもしばしばある。愛猫が骨折したら、内臓や脳神経、体の内部組織がどんなダメージを受けたかに留意してほしい。

【原因とメカニズム】
道路やベランダからのふいの飛び出し
   猫の骨折で最も目立つのは、交通事故と落下事故である。集合住宅の多い都心部では室内飼いが一般的になったが、郊外の戸建て住宅などでは、自由に家の外に出かける猫もまだまだ多い。そのうえ、犬は道路に沿って歩いたり走ったりするが、人影や車、物音を嫌う猫は、こちらの路地や垣根から反対側へ、大慌てで道路を横断することが多く、どうしても車にひかれやすくなる。また、駐車場などは、猫にとって戸外の貴重なくつろぎスペースだが、出入りする車に遭遇する危険性も高い。とにかく猫は体が小さく、車にひかれると一命にかかわる大事故になりかねないのである。
 落下事故で多いのは、マンションなどで室内飼いされている猫だ。例えば、洗濯物の出し入れや掃除の時、飼い主の目を盗んでベランダへ出たり、”親心“で愛猫を日光浴させるためにベランダへ出したりすると、身の軽い猫がさっと手すりに跳び乗り、足を滑らせて落下することも珍しくない。また、子猫の時から外界を知らず、高層マンションなどで暮らしていれば、「高所平気症」ともいえる状態で、平屋の窓から庭に飛び出すように、ジャンプする猫もいる。
 もちろん、室内空間でも落下事故は起こりうる。吹き抜けの二階の階段の手すりの上でゴロゴロしているうちに落ちたり、タンスや戸棚の上から飛び降りたりして骨を折ることもある。特に運動不足と栄養過多で肥満気味の猫は、単に体重が重いだけでなく、骨も弱くなっていて、少しの高さからジャンプしただけで手足を折ることもある。また、模様替えなどで家具を移動している飼い主にまとわりつき、手足が家具の下敷きになる猫もいる。
 なお、悲しいことだが、けが、骨折の状況から、交通事故や落下事故ではなく、DV、つまり家庭内の虐待が疑われるケースもある。

【治療】
骨折の状態に合わせた適切な手術とリハビリ療法
   骨折を伴う大けがをした場合、動物病院で内臓などにダメージがないか、注意深く診察してもらうことが大切だ。骨盤がつぶれたケースで膀胱破裂を伴っているなら、最初に緊急手術で破れた膀胱を慎重に縫い合わす。肋骨が折れて肺に突き刺さった場合も、まず肺の緊急手術をする。複雑骨折で、折れた骨が内臓や皮膚を突き破っていれば、傷口から細菌感染する可能性も高い。傷口を入念に消毒し、抗生物質を投与するなどして細菌感染を防ぎ、命にかかわるけがの治療を優先させてから骨折部位の治療に入る。
 単純骨折なら、患部を固定しておくだけで治癒することも少なくない。しかし、骨が何か所も割れたり、折れたりしていれば、(1)骨の内部に髄内ピンを挿入し、ワイヤーで固定したり、(2)プレートとスクリューピンで固定したり、(3)皮膚の上から長いピンを骨折部位に差し込み、ピンの外側を固定したり(創外固定)するなどいろいろな方法がある。なお、従来の治療法で治らない(愈合不全)場合、現在、試験的に骨の再生医療が行われ、成果をあげている。  
 ちなみに骨は、大きく分けて、外側の硬くて緻密な「皮質骨」と、その内部の海綿状の「海綿骨」とから成り立っている。しかし、身の軽い猫の骨は、犬に比べて体重を支える皮質骨が薄く、折れたり裂けたりしやすい。
 なお、骨折の治療で重要なのは手術後のリハビリ療法だ。リハビリで骨折部位に積極的に刺激や負荷を与え、骨周辺の筋肉を活性化させ、血流を増加させてやれば、骨の自然治癒力が高くなり、治りも早くなる。

※骨の再生医療
骨折した犬や猫の骨髄から採取した幹細胞を実験室で培養し、増やした幹細胞を骨折部位に戻して骨の再生を促す医療法。現在、試験的に取り組まれている。
 
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【予防】
室内飼いと、良質なキャットフードと適度な運動で「骨」を強くする
   交通事故やベランダからの落下事故を防ぐには、愛猫を室外に出さない努力が不可欠だ。それと同時に、子猫の時から栄養バランスのいい良質のキャットフードを与え、適度な運動を行って、骨格の健全な発育を図ることが大切だ。
 骨には古い骨を吸収する破骨細胞と新しい骨を造る骨芽細胞があり、骨は一定間隔で新しく生まれ変わっている。しかし、栄養バランスが偏っていたり、運動不足状態だったりすると、新たに造られる骨が不十分で、骨が弱くもろくなり、骨折しやすくなる。

*この記事は、2004年9月20日発行のものです。

監修/中山獣医科病院 院長 中山 正成
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