めまい・歩行異常・意識障害になる
ネコの脳神経にかかわる病気のなかで重要なものの一つに、
感染症による脳炎がある。

ウイルスによる脳炎

イラスト
illustration:奈路道程

 

 歩き方がおかしかったり、痙攣(けいれん)発作をおこしたり、意識障害をおこすネコたちの病因のひとつは、ウイルス感染による脳炎などである。よくご存じのように、ネコには命にかかわるウイルス感染症がたくさんある。ネコが、ネコ白血病ウイルス、ネコパルボウイルス、ネコ伝染性腹膜炎(FIP)をひきおこすコロナウイルスなどに感染すると、それらのウイルスがネコの脳に侵入して、脳炎をおこしたりすることも少なくない(犬の場合、ジステンパーのウイルス感染が多い)。また、ボルナウイルスが脳炎をおこして、てんかん発作などをひきおこす可能性を指摘する報告もある。
 たとえばネコ白血病ウイルスは、ネコの唾液で感染する。母ネコがウイルス感染していれば、生後すぐの子ネコをペロペロとなめているあいだに、子ネコの体内にウイルスが入りこむ。あるいはネコ同士のケンカによる咬み傷などから感染する。このウイルスがネコの体内に入り、血液をつくる脊髄を侵すと赤血球や白血球などの造血機能に障害が出る。赤血球がこわされれば、貧血になる。白血球がこわされて、ネコの体の免疫が低下すれば、さまざまな感染症で死亡することが多い。また、腫瘍化した白血球が全身に腫瘍をつくる場合や、それが脊髄や脳を侵すと重とくな脳神経症状をおこし、死に至らしめることになる。

ネコパルボやネコ伝染性腹膜炎のコロナウイルスが脳をおそう
   ネコパルボウイルスは、いったん感染すると、ひどい腸炎をおこしたり、白血球の造血機能に悪影響をおよぼして、子ネコがはげしい下痢などで一命をおとすことが多い。ネコパルボウイルスは、細胞分裂の活発な部位にとりつくウイルスだから、小腸の粘膜などを標的とする。もし、生後すぐに感染すると、発育のさかんな小脳を侵すことも少なくない。そうなれば、小脳形成不全となり(大脳の形成期は早いため、あまり影響を受けない)、たとえ無事に育っても、からだの運動機能に障害が出て、うまく歩いたり、走ったりできなくなる。もっとも、それ以外に異常がなく、食欲もあって、元気なネコに育つこともある。世話に手がかかるだろうが、ネコとの室内暮らしを楽しむことは、十分可能である。
 ネコ白血病ウイルスやネコパルボウイルスに負けず劣らず恐いのは、ネコ伝染性腹膜炎をおこすコロナウイルスである。これは、その名の通り、腸や胸の血管を侵してはげしい炎症をひきおこし(ウェットタイプ)、ネコを衰弱死させる。ところが、ドライタイプとよばれるものは、脳の血管内に侵入して、ひどい脳炎をおこし、はげしい痙攣発作などの脳神経症状をひきおこし、命をうばうのである。厄介なことには、このウイルスは、ネコ白血病ウイルスやネコパルボウイルスとはちがって、ワクチンがなく、はっきりとした感染経路も不明で、予防の手段にとぼしい。治しようも防ぎようもない、難病ウイルスである。ただ、ネコ白血病ウイルスやネコエイズウイルスほど一般的ではないために、感染事例はそれらにくらべ、かなり少ない。
 また、ふつうのネコにはそれほど大きな被害のないトキソプラズマ(これは、ウイルスではなく、原虫)も、胎児期に感染すれば、脳を侵すこともある。

交通事故や膿瘍が引きがねになる!?
   ネコにも水頭症や脳腫瘍はあるが、ネコの水頭症は、まだ原因や病態がわかっていないところも多く、前述の脳炎等も原因のひとつと考えられている。また、脳腫瘍に関しては、犬以上にその実体が明らかではない。すごく小さな病変や、血管の異常などは、ネコの頭が小さくCTスキャンなどの検査でもみつけられない場合がある。
 また、外を自由に出歩く機会の多いネコには、犬よりずっと交通事故にあう確率が高い。そのとき、たとえ助かっても、頭を強く打ったり、頭蓋骨が折れたりして、脳挫傷など、脳に損傷をうけるケースが少なくない。そうなれば、ひどい痙攣発作や意識障害に悩まされることになる。もし、愛猫が交通事故にあったら、事後の様子をよく観察して、ケガ以外に異常がないかどうか、チェックしたほうがよいだろう。
 そのほか、ネコ同士のケンカのあと、からだに受けたケンカ傷が化膿しておこる膿瘍(のうよう)になったネコのなかには、傷口に繁殖する細菌が血管をつたって脳に侵入して、脳炎をひきおこす場合もある。いつも愛猫のケアをおこたらず、どこかケガをしていれば、安易に自然治癒を待たず、動物病院で傷口の洗浄や消毒をうけたほうが安心だ。
 また、痴呆症も、とかく高齢の犬のケースばかり注目をあつめるが、ネコについては、未だ不明なところが多い。もっとも、徘徊や旋回、夜鳴きなど、さわがしい行動異常がめだつ犬に対して、ネコのほうははでな症状が少なく、ひたすら夢うつつで眠りほうけていることが多いともいわれている。
 ついでにいえば、脳神経疾患とはちがうが、カリウムなど、からだのなかのミネラルなどのバランス異常によって、筋肉マヒがおこることもある。

*この記事は、2001年7月15日発行のものです。

監修/えのもと動物病院 院長 柄本 浩一
札幌市手稲区前田三条7丁目5の10 TEL 011-681-1212


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