体がうまく動かない
筋肉の働きが悪くなる「重症筋無力症」
「重症筋無力症」は脳の指令と筋肉の連携が障害され、体がうまく動かせなくなる病気。
猫での発症はまれだが、アビシニアンやソマリに発症しやすいといわれており、子猫の時から十分な配慮が必要だ。

【症状】
うまく歩けない。声がかすれる。水や食べ物が飲み込めない。瞬きができない、など

イラスト
illustration:奈路道程

 愛猫が最近、ジャンプがうまくできなくなった。体を動かしていると、だんだん動けなくなっていく。あるいは声がかすれがちになる。瞬きをあまりしなくなった。食べ物をうまく飲み込めない。そのような症状が見られたら「重症筋無力症」の疑いがある。
 重症筋無力症とは、簡単にいえば筋肉に力が入らない、つまり、筋肉の働きが悪くなる病気である(人間にもあり、難病指定されている)。ひどくなれば、体が動かなくなるばかりか、水をうまく飲めず、食べ物を食べられなくなって衰弱する。食道の働きが悪くなって食べ物が滞留すれば、食べ物の一部が誤って気道のほうに入り込み、誤嚥性肺炎を起こして亡くなるケースもある(発症後、1年以内の死亡率は約15%という報告もある)。
 もっとも猫の症例はわずかで、研究も少なく、病気の実態はあまり明らかではない。ただし、アビシニアンとソマリの品種に発症しやすいことが知られている。
 具体的に、重症筋無力症はどのようにして発症するのか。それについて触れる前に、筋肉の働きについて考えてみる。
 動物の体を動かすのが、骨格に付随する数多くの骨格筋である。もっとも骨格筋の動きは単純で、収縮するだけ。例えば、肘関節の内側に配された骨格筋が収縮すると、肘が曲がる。反対に肘関節の外側に配された骨格筋が収縮すると肘が伸びる。さまざまな骨格筋の動きが組み合わされることによって、手足の曲げ伸ばしといった複雑な動きができるようになる。
 

【原因とメカニズム】
何らかの要因で、筋肉の働きを促す神経伝達物質の機能が障害される
 
 では、どのようにして筋肉(骨格筋)が収縮するようになるのだろうか。
 骨格筋を動かすために、脳から指令(刺激)が出されると、その刺激が運動神経を伝わり、神経の末端で「アセチルコリン」という神経伝達物質が放出される。アセチルコリンが筋肉に存在する「アセチルコリンレセプター(受容体)」と結びつくことで、筋肉は収縮を開始する。アセチルコリンレセプターと結びついたアセチルコリンは、コリンエステラーゼという酵素の働きで瞬時に分解され、新たなアセチルコリンがレセプターに結びつくことで、筋肉の収縮作用が繰り返されていく(運動が継続される)。
 ところが重症筋無力症などの筋肉や神経の病気になると、筋肉の働きを促す神経伝達物質の機能が障害される。
 自分の体が作った自己抗体(抗アセチルコリンレセプター抗体)が、アセチルコリンの代わりにそのレセプターと結びついてしまい、脳からの指令(刺激)が末端の筋肉(骨格筋)に伝わらず、筋肉の収縮ができなくなる。つまり、初めは歩いていた猫が歩けなくなったり、まぶたの瞬きができなくなったり、声がかすれてきたり、水や食べ物が飲み込めなくなっていくわけである。
 この病気の要因には、先天性のものと後天性のものがある。先天性の場合、生後6か月未満で発症するケースもある。一方、後天性の場合、病気など何らかの要因が引き金となって発症する。中でも、胸腺に腫瘍ができると、重症筋無力症を併発するケースが少なくない。なお、胸腺とは胸の中、心臓の近くにあるリンパ組織で、体を病原体から守るリンパ球(T細胞)を分化(教育)する働きがある。

【治療】
確定診断して、筋肉の働きを活発にさせる薬剤や免疫抑制剤を投与
 
 愛猫に重症筋無力症のような症状が出たら、動物病院で実際にこの病気によるものか確かめる必要がある。猫を相手に体のあちこちの筋肉が正常な反応を示すか調べることは容易ではないが、「テンシロン試験」といわれる特殊な診断薬を用いた検査により、重症筋無力症を診断することは可能である。
 内科的な治療には主に2種類の薬剤が使われる。「コリンエステラーゼ阻害剤」と「免疫抑制剤」である。
 胸腺に腫瘍がある場合は手術でそれを切除するという外科的な治療法もある。腫瘍を切除するだけで、症状が改善するケースもある(あまり変化がない場合もある)。
 自宅でのケアとして、食事を与える際には、立食させ(フード皿をテーブルの上に置き、猫が上体を立てた形で食事させる)、食べ物がなるべくスムーズに食道から胃へ入るようにする。そうして、食べ物が誤って気道に入り、誤嚥性肺炎のきっかけになるのを防いでいく。

【予防】
子猫の時から健康管理に注意し、疑わしい症状に気がつけば、早めに検診を受ける
 
 特に好発品種といわれるアビシニアンやソマリと暮らす飼い主は、子猫の時から十分注意すべきである。
 先天性の重症筋無力症の場合、胸腺の腫瘍に併発して発生することが少なくない。そのため、子猫の時から健康管理に注意し、疑わしい症状に気づいた時には早めに検査を受けること。早期に診断し、適切な治療を行えば、寿命を全うすることも十分可能である。

*この記事は、2008年9月20日発行のものです。

監修/渡辺動物病院 院長 渡辺 直之
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