ノミ対策
ネコたちの深刻なノミ問題を考える
昔から、ネコにとってネズミより縁の深い生物が「ノミ」である。 毛づくろいの途中にハグハグと体を噛みだしたら、ノミがいる。すぐに指先で毛をかきわけて探索すると、あわてふためいて逃げていく。 ヒマにあかせてノミ取りをするのも、飼い主の楽しみの一つだが、世の中、閑人ばかりとは限らない。野放図に増えるノミに閉口するネコたちの身になってノミ問題を考えてみよう。
監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 正義

ノミの大量発生で、ネコは皮膚炎や貧血症になる

イラスト
illustration:奈路道程

 

 ノミにはいろいろあり、宿主の相違によって、ヒトノミ、イヌノミ、ネコノミ、ネズミノミ、ウサギノミなど、世界中に何千種類もいるという。ネコ(と犬)に取りつくのはネコノミとイヌノミだが、ネコノミのほうが活発で、始末が悪い。ついでに言えば、ヒトノミは人間の生活環境が良くなって、絶滅寸前にあるらしい。
 ノミの繁殖期は、夏をピークに春から秋にかけて。気温の低い冬期は少ないが、室内暖房機器の普及で、現在、ほとんど年中行事のようになってきた。ネコの体表に巣くうノミ成虫は、毎日血を吸い、何十、何百もの卵を生みつける。卵はネコの動きに合わせてじゅうたんの中やふとんの中、畳の下、家具の裏などに撒き散らされ、わずか数日で孵化して幼虫になる。幼虫は周辺のゴミや成虫の糞を食べて成長(1〜2週間)。やがてサナギとなる(約1週間だが、ときには宿主が現れるまでサナギの状態で待つ)。サナギから成虫に変態したノミは、近くを通るネコや犬にさっと飛びつき、また親と同様に彼らの血を吸い、たくさんの卵を生み、その卵がかえって幼虫となり、サナギとなり、またまた成虫となってネコや犬に寄生し、とあくことなく、生の循環をくり返す。
 取りつかれたネコこそ災難で、患部を掻きやぶり、噛みやぶり、ノミアレルギー性皮膚炎になりかねない。なかには、大量のノミに生き血を吸われ続け、貧血症状になることもある。皮膚炎にかかりやすいのは、尻尾の根元から背線上に沿った背中の部分。あるいは内股のあたりや首筋、喉元など。いずれもノミの巣窟になりやすいところである。

画期的な「飲むノミ薬」でノミ族は絶滅の危機にある!?
   ネコや犬などのノミ退治に、これまで人間はいろいろと知恵をしぼってきた。
 第1世代は殺虫剤の散布。第2世代はノミ取り首輪。第3世代は、有機リン系の液状薬剤をネコや犬の首筋にポトポトと滴らす医療法で、皮膚からしみ込んだ薬剤が血管に入り、薬剤混じりの血を吸ったノミに作用する。そうして第4世代が、最近、獣医薬界に登場した「飲むノミ薬」である。
 「飲むノミ薬」は、「昆虫発育阻害剤」というべきもので、ノミ幼虫の遺伝子に作用して、昆虫の殻(外骨格)をつくるキチン合成を阻害するという。そのメカニズムを簡単に述べるとこうなる。
 ネコがこの薬を飲むと、その有効成分が消化器官で吸収されて血液のなかに取り込まれる。その血を吸ったメスのノミ成虫の体内に入った有効成分は、消化吸収されて、腹中の卵のなかに入る(成虫には無害)。そうすると、卵殻のなかのノミ幼虫は、卵殻を破るために必要なキチン質の卵歯が形成されず、卵殻内に閉じこめられたままに死ぬ。幸いに孵化することができても、キチン質の外骨格が形成されないために、サナギから脱皮して成虫になることができずに終わる。つまり、ノミの「生の循環」を破壊して、家庭内に繁殖するノミ族を絶滅させてしまう画期的な薬剤なのである。
 「飲むノミ薬」は、ネコや犬が月に1度、体重あたり一定量の薬剤を服用すれば、30日間、ほぼ100%効くという。犬には錠剤、ネコには液状薬剤を食餌に混ぜて食べさせればいいから、飼い主にもネコにも手間がかからない。ただし、市販薬ではなく、獣医科病院だけで取り扱う処方薬となっている。

ノミ対策の基本は、人とネコとの生活改善の努力にある
   このように獣医薬界も日進月歩で、知恵者で生命力にあふれるノミ族も種族存亡の危機を迎えたかに見える。しかし地球上に30億年以上も連綿と生きてきた「生命体」は、人間の科学技術力を凌駕するパワーを秘めている。ノミ族だって、そのうち、素早い世代交替をくりかえすなかで、「飲むノミ薬」の効力を乗り越える「生のメカニズム」を創出するに違いない。
 私たちは、薬剤にだけ頼ることなく、普段からシャンプーやコーミング(くしすき)など愛猫の手入れを習慣づけ、またネコたちの出入りする部屋の掃除を徹底させていくべきである。事実、ノミ害は、戦後、強力な電気掃除機の普及でかなり減少したという。現在、ノミ害が増えているとすれば、コンクリートやプレハブなどの密閉構造の家屋が増え、年中、暖かく湿り気のある、ノミ族の繁殖に好適な室内環境が問題といえるだろう。さらにノミは、栄養過多で病気がちのネコや犬の血を好むという。人間と動物との健全な関係をつくりあげることが何よりも大切である。

*この記事は、1995年5月15日発行のものです。

●岸上獣医科病院
 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
 Tel (06)661-5407


犬猫病気百科トップへ戻る
Copyright © 1997-2009 ETRE Inc. All Rights Reserved.
このサイトに掲載の記事・イラスト・写真など、すべてのコンテンツの複写・転載を禁じます。