やせているのに、脇腹が膨れてくる
ペルシャ系の猫に多い「多発性嚢胞腎」
「多発性嚢胞腎」は腎臓の内部に嚢胞という袋が次々にできる遺伝性疾患。
ペルシャ系の猫が発症しやすいといわれており、ひどくなると慢性腎不全を引き起こす。

【症状】
脇腹が膨れてきて、腎機能障害が起こる

イラスト
illustration:奈路道程

 「このごろ、うちの猫、脇腹の辺りが膨れてきた」。
 そんな場合、まさかと思うような病気が潜んでいることがある。例えば「多発性嚢胞腎」といわれる病気である。
 この病気は、その病名通り、腎臓の内部に水分の詰まった「嚢胞」が次々にできていく遺伝性疾患で、ペルシャ系の猫たち、つまり、ペルシャを始め、チンチラ、ヒマラヤンなどに発症しやすい。
 子猫の時から発症し始めるが、最初は嚢胞も小さく、また数も少ないため、飼い主が気づくことはほとんどない。また、腎臓はその4分の3ほどがダメージを受けないと、はっきりとした症状が現れないため、発見が遅れがちとなる。
 多発性嚢胞腎は進行性の病気であり、腎臓内に嚢胞が次々にできて大きくなっていき、猫の脇腹が膨らんできたりする。あまり痛みも出ない(腹部が圧迫され、食欲が落ちる猫もいる)ので、飼い主は猫の外見や触った時の変化で「何か変だ」と動物病院に連れて行き、エコー検査などで確定診断されることが多い。
 これらの嚢胞が、血液の濾過や水分、栄養分の再吸収を行う組織(ネフロン)を次々に破壊していき、腎機能が低下してしまうと、多飲多尿や食欲不振、やせ、脱水症状など慢性腎臓病(腎不全)の症状が出始める。そうなれば、命にかかわる事態になっていく。
 

【原因とメカニズム】
遺伝的要因で、あちこちのネフロン内に嚢胞が発現。腎機能が低下していく
 
猫の腎臓とネフロンの仕組み  先に触れたが、多発性嚢胞腎はペルシャ系統の猫に見られる遺伝性疾患である。もし、親猫から病気の因子を受け継いでいれば、子猫の段階から発症し始める。
 腎臓は、血液を濾過して、不要な老廃物、有害な尿毒素などを体外に排せつすると同時に、体に有用な水分やたんぱく質、ミネラルなどを再吸収する、動物の生命維持に不可欠な臓器である。その腎機能の主役となる「ネフロン(糸球体、ボーマン嚢からなる腎小体と尿細管とで構成され、猫の腎臓1個に約20万あるといわれる)」の組織内に嚢胞が発生する。
 実際は、ネフロンを構成する尿細管(細尿管ともいう)の一部組織が少しずつ大きな嚢(袋)状になり、内部に尿に近い水分がたまっていくのである。この嚢胞がぶどうの実のように大きくなっていけば、ネフロン自体が線維化して腎機能(濾過・再吸収)が失われるだけでなく、周りのネフロンを圧迫して線維化させ、腎臓の腎機能がどんどん低下していく。
 そんな嚢胞があちこちのネフロンに次々に出現し、大きくなっていけば、やがて腎臓は機能障害を起こして慢性腎臓病(腎不全)を発症することになる。さらに厄介なことに、左右の腎臓に発症することが多い。
 なお、多発性嚢胞腎はペルシャ系の猫に多い遺伝性疾患だが、日本猫系統の雑種猫にも発症することがあるので、ペルシャ猫を飼っていないからといって安心はできない。また、“多発性”ではなく、腎臓に嚢胞がいくつか“偶発的”にできる「腎嚢胞」になる猫もいる。これは遺伝性疾患ではなく、通常、命にかかわることはほとんどない。

【治療】
慢性腎臓病(腎不全)の進行を遅らせる、適切な対症療法を続ける
 
 この病気は、進行性の遺伝性疾患で治療法がなく、いったん発症し始めれば、症状が悪化する一方である。
 特に大きくなった嚢胞の水分を抜いたりする場合もあるが、嚢胞が次々にできていくため、対応できなくなる。
 腎臓は、肝臓のように再生する機能がないため、できるだけ早く病気を見つけ、なるべく腎臓の負担を減らして、慢性腎臓病(腎不全)の進行を可能な限り遅らせる対症療法を行っていくしか道はない。
 その対症療法の基本は、いつも新鮮な水をたっぷり与え、尿毒素のもととなるたんぱく質などの少ないフードを与える食事療法である。
 もしむくみが出たり、血圧が高くなったりすれば、腎臓への負担も高まるため、利尿剤や降圧剤を投与することもある。さらに症状が悪化すれば、尿毒素などの有害物質、老廃物を吸着する吸着剤を与える。また、貧血を補う薬剤の投与、脱水症状の改善やビタミン、ミネラル補給のために皮下に輸液を注入する輸液療法なども有効である。
 飼い主の中には、「治らない遺伝性疾患」という事実を知らされ、ショックを受けるケースもある。できるだけ冷静に“現実”を受け止め、病気と向き合いながら、気長に慢性腎臓病(腎不全)の進行を遅らせる対症療法に取り組んでもらいたい。
 なお、多発性嚢胞腎になると、腎機能が低下して感染症になりやすく、また、嚢胞内には抗生物質などの薬剤が浸透しにくく、治りにくくなる。

【予防】
遺伝的に病気の素因を持つ猫は交配させない
 
 遺伝性疾患のため、多発性嚢胞腎の予防法は、この病気の素因を持つ血統の猫たちを避妊・去勢して、不幸な子猫が生まれるのを防ぐことである。ブリーダーの間では、この病気がペルシャ系統の猫の遺伝性疾患であることがよく知られるようになったため、現在は、以前に比べて発症例はかなり少なくなった。
 しかし、明らかな症状が現れるのはある程度の年齢になってからのため、すでに交配していて、病気の素因を持つ子孫が生まれている可能性もある。
 ペルシャやチンチラ、ヒマラヤンなどの子猫を飼い始めた場合、1歳前後になれば、動物病院でエコー検査を受けたほうがいいかもしれない。そうして、もし早期に発見すれば、定期的に検査を受け、病気の進行をチェックしながら、腎臓の負担をなるべく減らす療法を続けていくことが大切である。

*この記事は、2008年8月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部附属動物病院 腎・泌尿器科 三品 美夏
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