乳がん2

【症状】
 乳腺上の小さなシコリが大きくなり、あちこちに転移する


illustration:奈路道程

 

 愛猫の胸やお腹をなでていて、小さなシコリ、オデキのような物を指先に感じたら、「乳がんでは?」と疑って、すぐにかかりつけの動物病院で検査してもらったほうがいい。
 乳腺腫瘍(しゅよう)には、腫瘍がその部位だけに限局される良性腫瘍と、血液やリンパの流れに乗って肺などの内臓やリンパ節に転移し、命にかかわる悪性腫瘍(乳がん)がある。乳腺腫瘍は猫がかかる腫瘍のなかで3番目に多く(全メス猫の腫瘍の約17%)、さらに悪いことに、猫の乳腺腫瘍の80〜85%が、乳がん(悪性腫瘍)なのである(なお、麻布大学付属動物病院の猫の乳腺腫瘍症例中、乳がんは91.7%)。
 乳がんなら、はじめ指先にわずかに感知できるかどうかだったシコリがどんどん増殖し、ひどくなれば、猫の薄い表皮をやぶって外に不気味な姿を現してくることも少なくない。また、それまでに、からだのあちこちに転移して、根治できなくなっているのである。
 猫の乳腺といっても、ふたつの乳房に集中する人間とちがい、胸・腋の下から下腹部・内股まで広がっている。その長く、広い左右の乳腺のどこに乳腺腫瘍が発現するかはわからない。もっとも、なかには腫瘍ではなく、乳腺組織がホルモン異常で急に大きくなるオデキ(線維上皮性過形成)の場合もある。

【原因とメカニズム】
 原因不明だが、からだの老化、発がんに対する免疫力の低下などによって発症
   なぜ乳腺腫瘍ができるのか。犬の場合は女性ホルモンとの関連性が高いといわれているが、猫の乳腺腫瘍の場合は因果関係は明らかではない。ただし、乳腺腫瘍が発見されるメス猫は、10歳前後が最も多いことからわかるように、からだの老化、免疫力の低下などにしたがって、発症する確率が高くなることは確かだ。
 もともと腫瘍とは、からだの正常な細胞のなかの“ある細胞”が何らかの要因が重なって、まわりの細胞とは異なる独自の成長・増殖の道を歩みはじめたものだ。たいていは、からだの防御システムが働いて、そのような“異常”な細胞は大きくなる前に排除される。しかし、そのような防御システムがうまく機能しない場合、生き残った“異常”な細胞が増殖をくり返していく。とくに「がん」といわれる悪性腫瘍は増殖のテンポが速く、猫の乳腺腫瘍では触診すれば、週単位で大きくなっていくのが確認されることもある。
 小さなシコリ、オデキのようなものが愛猫の乳腺のどこかに確認されれば、一刻も早く動物病院で検査を受け、その細胞組織が乳腺腫瘍かどうか、良性か悪性かを確定してもらい、必要とあらば、すぐに外科手術などの治療を受けることが何よりも大切だ。

【治療】
 根治治療とQOLを追求する対処療法で、猫の命と生活を守る
   腫瘍の治療方法には、腫瘍組織の外科的な切除手術のほか、放射線治療、抗がん剤治療、免疫療法などいくつかあり、腫瘍の種類や発現部位、転移の状況などによって、適切な手段を組み合わせて実施する。
 猫の乳腺腫瘍の場合、悪性(乳がん)だが、腫瘍組織が1センチ以内と小さく、ほかに転移していない場合、乳腺組織とその周辺組織、リンパ組織などを確実に切除し、症状に合わせて、周辺組織への放射線治療をおこなえば、根治率が高い。
 しかし、大きさは小さくとも、悪性度が強く、ほかに転移している場合は、いろいろな治療法を併用しても、根治することはむずかしい。もっとも、根治する可能性が低くても、「がん細胞」が肺やリンパ節などからだのあちこちに転移して、余命幾ばくもない状態でないかぎり、適切な治療をおこなっていけば、病気の苦しみも軽減し、余命も長くなっていく。先にもふれたが、乳腺腫瘍が発見されるメス猫で最も頭数の多いのが10歳前後である。
 たとえ10歳で根治の可能性の低い悪性腫瘍になったとしても、早めの、適切な治療によって、余命が1年でも2年でも伸び、さらにその間、病気の苦しみが軽減され、飼い主家族とおだやかな生活を送れることができれば、その猫と飼い主家族にとって、何ものにも代えがたい価値がある。寿命の比較をすれば、人にとっての1年は、猫の寿命比では5〜7年もの期間にあたるのである。
 もちろん、たとえ末期状態でも、大きく増殖したがん細胞を切除するだけで、病気の苦痛はいくらかでも減らすことができる。生き物の「命」には、すべて限りがある。病気を根治できなくとも、生きているかぎり、少しでも長く、よりよい生き方(QOL)をもたらす道を探ることが大切だ。

【予防】
 月に1度は、早期発見とスキンシップを兼ねて、愛猫のお腹をなでる
   乳腺腫瘍と女性ホルモンとの関連性が認められる犬と違い、メス猫の場合、1〜2歳までに避妊手術を受けても、乳腺腫瘍になる確率を減らすことにはならない。しかし、飼い主家族が、日ごろから愛猫を慈しみ、月に1度でも、お腹(正確には胸・腋の下から下部腹部・内股まで)をていねいになでてやり、小さなシコリ、オデキを見つける努力を重ねていれば、直径5ミリ前後の、治療すれば根治する可能性の高い乳腺腫瘍を発見することもむずかしくない。そのようなスキンシップは、乳腺腫瘍の早期発見だけでなく、愛猫と飼い主との貴重なふれあいの機会ともなる。

*この記事は、2002年12月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部 助教授 信田 卓男
この病気に関しては、こちらもご覧ください


犬猫病気百科トップへ戻る
Copyright © 1997-2009 ETRE Inc. All Rights Reserved.
このサイトに掲載の記事・イラスト・写真など、すべてのコンテンツの複写・転載を禁じます。