卵巣・子宮の病気にかかる
雌ネコは、一般に雌犬にくらべて「婦猫科」の病気にかかる確率は低い。
しかし、ウイルスによる「子宮感染症」や「悪性腫瘍」など要注意の病気がある。

雌ネコの妊娠のメカニズム

イラスト
illustration:奈路道程

 

 雌ネコの場合、子宮内膜炎や子宮蓄膿症などの「子宮感染症」にかかる確率は、雌犬よりもずっと少ない。正確な理由は不明だが、いくつか要因を推測することができる。
 そのひとつは、雌ネコと雌犬との妊娠のメカニズムの相違にありそうだ。犬のページで述べたように、性成熟した雌犬の卵巣の卵胞内で卵胞ホルモンにより「卵」が成熟すると、「排卵」がおこり、黄体ホルモンが分泌されて子宮は受精卵を着床させるための準備をととのえる。そのとき、子宮内で細菌感染の可能性が高まり、子宮内膜炎・子宮蓄膿症のひきがねとなっていく。
 一方、雌ネコの場合、卵巣の卵胞内で「卵」が成熟しても、それだけで自動的に「排卵」がおこるわけではない。発情期の雌ネコが雄ネコと交尾すると、その「性刺激」によって雌ネコの卵巣で「排卵」がおこる。つまり、「排卵」がおこり、黄体ホルモンによって子宮が妊娠準備をととのえるときは、交尾後で、妊娠する可能性がきわめて高く、受精卵の代わりに大腸菌などの細菌が子宮内膜で繁殖する余地がほとんどないのである。
 それでもたまに、「うちのネコ、マンション暮らしで一度も外に出したことがなかったのに、子宮感染症にかかってしまって」という場合もある。その要因はいくつかあるだろうが、まず考えやすいのは、発情期に聞いた、屋外で鳴きさけぶ雄ネコの声(セクシーボイス)が「排卵」を促進するケースである(これこそ、「性の神秘」といえるかもしれない)。

ウイルスによる子宮感染症
   意外と気づきにくいのは、ウイルス感染などの後遺症だ。ご存じのように、ネコには、ネコエイズウイルスやネコ白血病ウイルス、ネコパルボウイルス、ネコ伝染性腹膜炎をひきおこすコロナウイルス、ネコカゼのヘルペスウイルスやカリシウイルスなどによる、危険なウイルス感染症がいくつもある。もし、妊娠中になんらかのウイルスが子宮内に侵入してウイルス感染すれば、胎児が死亡して流産し、母ネコも(もし生きのびても)子宮感染症をまぬがれない。
 また雌ネコが子ネコのとき、これらのウイルスに感染しながら、幸いに生きのびることができたとしても、免疫力が落ちていて、不思議はない。そのうえ、みずから妊娠して、さらに免疫力が低下すれば、子宮内で大腸菌などの細菌感染を受けやすい。たとえば、若い雌ネコが流産癖があったり、子宮内膜炎や子宮蓄膿症にかかったりする場合は、これらウイルス感染症をうたがってみるべきかもしれない。
 また、雌ネコが妊娠中に原虫のトキソプラズマに感染した場合、胎盤感染して胎児が流産し、みずから子宮感染症になる可能性もある。
 ネコエイズウイルスやネコ伝染性腹膜炎ウイルス以外の前述のウイルスには有効な予防ワクチンがある。子ネコのときから適切なワクチン接種を心がけることが大切だ。もっとも、子ネコのワクチン接種前に、母子感染などでそれらのウイルスに感染していないともかぎらない。悲しいことだが、病気のネコをみれば、まずウイルス感染をうたがうべきかもしれない。

卵巣と子宮の腫瘍
   では、卵巣と子宮の腫瘍についてはどうだろうか。ネコは犬よりもこれらの腫瘍にかかる確率は低いが、それで安心とばかりはいえない。卵巣の腫瘍では、卵をつくる卵胞にできる顆粒膜細胞腫瘍の約五十%は悪性といわれる。また、子宮の腫瘍では、雌ネコには悪性の子宮腺がんが多い。これは、子宮から卵巣、肝臓、リンパ系、さらには脳細胞にまで転移しやすいといわれており、そうなれば、手遅れとなる。ネコや犬は、人とちがって、定期的な婦人科検診などないから、どうしても、悪性腫瘍も大きくなり、どこかに転移した段階で、異常に気づく結果になりやすい。ふだんからしっかりとグルーミングをおこなって、わずかの体調の変化でも見逃さないように心がけることが大切だ。
 なお、一歳前後に避妊手術を受けていれば、以後、卵巣・子宮の病気とは無縁となることはいうまでもない。つけくわえれば、中高年の雌ネコがかかりやすい乳腺腫瘍(ネコの場合、悪性の割合がとても高い)も、初発情前に避妊手術を受けていれば、ほとんど予防できる。卵巣や子宮、乳腺などは女性ホルモン(卵胞ホルモンと黄体ホルモン)の影響下にあり、なんらかのホルモンバランスの異常によって、それらの部位に腫瘍が発現する可能性がきわめて高いのである。また、子宮内膜炎・子宮蓄膿症なども、女性ホルモンのバランスが不安定だと、子宮内の細菌感染をふせぐ機能が低下しやすい。
 女性ホルモンは、言うまでもなく、雌ネコ、雌犬の心身の形成、成熟に不可欠な伝達物質で、犬のページで述べたように、妊娠のメカニズムを左右する、いわば、「命」の交響曲をかなでる指揮者である。単なる病気の要因としてではなく、その重要な役割、働きに心を向けることが、「命」の神秘、愛猫、愛犬へのいとおしさを再認識する手がかりかもしれない。

*この記事は、2001年9月15日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 副院長 長村 徹
大阪市阿倍野区丸山通1丁目6の1 TEL 06・6661・5407
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