心疾患
ネコは一般的に犬より心疾患になる確率は少ない。しかし原因不明で根治療法のない心筋症で苦しみ、一命を落とすネコも少なくない。
監修/東京農工大学農学部獣医学科   教授 山根 義久

ネコに多い心筋症

イラスト
illustration:奈路道程

 

 心臓は、酸素や栄養を含んだ血液を動脈から体中の毛細血管に送り込み、細胞の代謝を促進する。役目を終えて静脈から戻った血液は、次は肺を循環し、炭酸ガスを捨て、新鮮な酸素を含んで心臓に戻り、また動脈から循環する。大切な血液の循環は、心臓の筋肉、つまり心筋が規則正しく収縮を繰り返すことによって可能となる。だから心臓が弱ると、活力がなくなる。これまで高い塀や棚の上へ軽々とジャンプしていたネコが、よろよろし、うずくまって休むことがめだってくる。肺も弱って、しっかりと呼吸できず、ぜいぜい、ヒィーヒィーと苦しそうにしてくる。
 心臓は筋肉の固まりだから、とくに心筋の働きが重要だ。ところが困ったことに、ネコには、原因不明の心筋疾患がめだつ。なお、かつては、原因不明の心筋疾患は「特発性心筋症」と呼ばれてきたが、現在では、簡単に「心筋症」と称されている。
 心筋症には、大きく分けて、「肥大型心筋症」「拡張型心筋症」「拘束型心筋症」がある。「肥大型」とは、心臓自体はあまり大きくならないが、中のほうの筋肉がどんどんぶあつくなっていく病気だ。心筋が厚くなれば、心筋の代謝に必要な酸素や栄養が不足がちになる。もちろん、働きもにぶる。
 「拡張型心筋症」とは、心筋が薄くなり、心臓が風船のように大きくなるもので、そうなれば心筋の収縮力も弱くなり、血液がうまく循環しなくなる。「拘束型心筋症」とは心室腔が詰まってしまって、血液が入りにくくなる。
 しかし心筋症は、原因不明のために治療法もない。対症療法的に強心剤や利尿剤、血管拡張剤などを投与して、心臓の機能低下をやわらげることが精一杯である。ひどくなれば、突然死する。また、後肢の血管に血栓がつまり、ある日、突然、後肢マヒになることも多い。

甲状腺機能亢進症やタウリン欠乏症と心疾患
   はじめに心筋症とは、原因不明の心筋疾患だと述べたが、かつては原因不明で、のち、獣医学の進歩とともに原因が明らかになった心筋疾患(現在では心筋症に含まない)もある。そのひとつが、甲状腺機能亢進症が原因となる心筋肥大であり、もうひとつが、タウリン欠乏症によって起こる心筋肥大である。
 甲状腺機能亢進症は、中年および老年のネコがかかりやすい病気だ。体の発育や新陳代謝を活発にする甲状腺ホルモンが、過剰に分泌されるために、体細胞の酸素と栄養の消費量が急増する。新鮮な酸素を含んだ大量の血液を全身に送り込むために、肺と心臓が過労を続け、ついに限界を越えてしまうわけだ。この治療法として、ホルモン抑制剤の投与や、甲状腺切除手術などがある。
 また、タウリン欠乏症はこれまで拡張型心筋症の原因のひとつと考えられてきた。従来、日本では、ネコはタウリンをたくさん含む魚介類を与えられることが一般的なために、タウリン欠乏による心筋肥大は少なかった。しかし肉食中心の欧米では、以前、原因不明の心筋疾患が多く、研究が進んで、その後タウリン欠乏で引き起こされる心筋疾患が少なくないことが明らかにされ、タウリンがたくさん入ったキャットフードが開発されるようになった。

フィラリアや膿胸とネコの心臓
   心筋症以外でネコにめだつ心疾患のひとつに心内膜線維弾性症がある。心臓を包む心膜の内側の膜(心内膜)に弾性繊維がはびこり、心臓の動きが悪くなる病いで、原因不明。根治療法はない。あるいは、先天性心奇形のひとつである、心内膜の床が抜ける心内膜床欠損症などもある。
 また、犬の病気で有名なフィラリアにかかるネコも、100匹いれば1,2匹いるとされている。犬の場合は、何十、何百のフィラリアが心臓に巣くう症例もあるが、ネコの場合は、わずか数匹が心臓に入れば、突然死しかねない。
 そのほか、ネコ同士のケンカ傷などに細菌やウイルスが感染して化膿し、胸(胸膜と肺のあいだ)に膿がたまる「膿胸」も放置すれば心臓に悪影響をおよぼすことがある。つまり、胸にたまった膿の水分が吸収されて固まっていき、心臓と肺を圧迫。心肺機能が落ちたり、心臓が固い膿の壁に押されて身動きできなくなったり、心内膜が二次感染して炎症を起こしたりしかねない。
 一般にネコは、犬より心疾患になる確率は少ないが、以上のように膿胸の悪影響やフィラリア、タウリン欠乏症や甲状腺機能亢進症による心筋疾患など、二次的な要因で心臓が致命的なダメージを受けることもある。たとえば、フィラリアにかかるネコが100匹に1,2匹といえば、一見確率は低いようだが、小学校1学級40人として、5学級で2人から4人の子どもが感染するのと同じで、かなりの高確率。蚊の多い地域なら、予防薬を定期服用すればそんなリスクもふせぐことができる。あるいはタウリン欠乏症をふせぐには、総合栄養食のキャットフードを常用すればいい。
 とにかく、心筋症などの心疾患は、症状を緩和するための対症療法が基本で、根治療法のできないケースがほとんどだ。ふだんから、ワクチン接種や予防薬、あるいは健全な食生活や室内飼いの実践など、飼い主側のふだんの努力で愛猫の一命にかかわる病いになる要因を少しでも減らすことが飼い主の責務といえるだろう。
 万一、愛猫が心疾患をわずらっていることがわかれば、主治医の獣医師とじっくり話し合って、できるかぎりの治療をおこない、限りある時間を、少しでも心安らかに暮らすために努めることが大切ではないだろうか。

*この記事は、1998年5月15日発行のものです。


犬猫病気百科トップへ戻る
Copyright © 1997-2009 ETRE Inc. All Rights Reserved.
このサイトに掲載の記事・イラスト・写真など、すべてのコンテンツの複写・転載を禁じます。