膵臓と病気
これまでネコの膵臓(すいぞう)の研究はあまり進んでいなかった。 腹腔の深部に位置する比較的小さな臓器で、検診のしにくい場所にあり、なおかつ個体差によってデータのバラツキが大きく、基礎研究すら困難だったためである。 今回は膵臓の働きとネコの健康について考える。
監修/佐藤獣医科医院 院長 佐藤 正勝

消化酵素を出す膵臓の外分泌

イラスト
illustration:奈路道程

 

 世の中には世間の注目を浴びず、本人もあまり自己主張せず、黙々とみずからの仕事をこなしている人がたくさんいる。そのような、地道な人々の存在と働きが複雑多様な人間社会を支えている。人間や動物の体でいえば、「沈黙の臓器」と呼ばれる膵臓がそれに当たる。
 膵臓の働きは、大きく2つある。一つはタンパク質や脂肪、炭水化物などを分解する消化酵素を出す「外分泌」で、もう一つは血糖を調節するインシュリンなどのホルモンを出す「内分泌」である。ともに生命維持の基本となる重要な役割を担っているが、解剖学的に膵臓の位置が腹腔の深部にある小さな臓器のために検診がしづらく、また分泌機能が複雑でわかりにくく、肝臓・腎臓・腸管などの臓器に比べて研究が大きく遅れているのである。
 さらに犬の場合は研究データが豊富だが、ネコの膵臓の研究は世界的にほとんど進展していない。アメリカ動物病院協会(1975年)の事例では800例を解剖して、膵臓疾患の判明したのはわずか25例。ネコの膵臓病は未知のことばかりなのである。今回は、膵臓の働きの8、9割を占める外分泌について考えてみる。

体重や年齢、個体差によって正常値が大きく変わる
   先にもふれたが、膵臓の外分泌はタンパク質や脂肪、炭水化物などの消化酵素を出して十二指腸に送り出している。もっともタンパク質の消化酵素は、膵臓でつくられたときは前段階の未完成酵素で、十二指腸に入って初めて一人前の消化酵素となる(そうでないと、膵臓はみずからつくった消化酵素で消化されてしまう)。なお、この酵素については複雑なのでここではふれず、もっぱら、炭水化物と脂肪の消化酵素について話を進めることにする。
 炭水化物を分解する消化酵素をアミラーゼといい、脂肪を分解する消化酵素をリパーゼという。ネコの正常値は、アミラーゼが700〜2,000U/lでリパーゼが50〜700U/lといわれ、ことにアミラーゼの値は人間の正常値より4倍から10倍も高い。さらに厄介なのは、ネコは年齢や体重、個体差によって、正常値の変動が激しいことだ。最近の研究では、リパーゼが活性91±61U/l、アミラーゼ活性4,106±1,771U/lぐらいの変動幅が見込めるという。とにかく検査データが少なく、そのうえ個体差が大きすぎてネコの膵臓研究はまだまだ手探り状態であり、膵臓病の解明にはまだまだ時間がかかりそうだ。
 それでも地道な研究によって、興味深い事実が明らかになってきた。佐藤獣医科医院の検査データ(ネコ181例)によれば、大きいネコ、太ったネコほどリパーゼの値が大きくなり、逆にアミラーゼの値は低下する。また年をとればとるほどアミラーゼの値が高くなっていくという。
 現段階では、なぜそのような現象が現れるのか不明だ。しかし消化酵素というのは、食物の摂取にかかわってつくられる。となれば、よく太っているネコは、ふだんから脂肪の摂取量が多く、膵臓がさかんにリパーゼを分泌していることになる。それだけ膵臓への負担も大きいといえるだろう。実際、肥満がちで脂肪が体内に蓄積したネコは膵臓への負担が増して慢性膵炎にかかりやすいともいわれている。とにかく、消化酵素を出す外分泌が悪くなれば、インシュリンなどを出す内分泌にも影響する。同時に内分泌が悪くなれば、外分泌にも影響する。

ネコの食生活を見直すために
   このようにネコの年齢や体重、個体差によって、膵臓の消化酵素の正常値は大きく変わるために、一般的なデータを元に検診を受けたネコの膵臓が健康かどうかを判断することはむずかしい。かかり付けの動物病院でふだんから自宅のネコの血液検査を行って、各ネコごとの健常時の血中リパーゼ・アミラーゼ活性をチェックしておき、何か異常があった場合と比較していくことが大事である。また、そのようなデータの積み重ねがネコの膵臓研究の発展に大きな力を発揮していくにちがいない。
 これは単に膵臓病の解明というだけにとどまらない。何度も言うが、膵臓の外分泌はタンパク質や脂肪、炭水化物を分解する消化酵素をつくっている。つまりネコのよりよい食生活を考えるベースとなる可能性が高いのである。
 ネコの体重が増えれば増えるほど脂肪を分解するリパーゼの数値が上がり、炭水化物を分解するアミラーゼの数値が下がること、年齢とともにアミラーゼの値が下がることなどは、近年、肥満傾向の著しいネコたちや人間同様に長寿化の道を歩むネコたちにふさわしいキャットフードの開発や食生活のあり方を探るうえで、多くのヒントを与えてくれるだろう。とにかく、これまでは良質のフードといえば、高脂肪・高タンパク質というのが一般的だったが、これからはもっときめ細かな食生活の対応によって、ネコの個体差にふさわしい健康づくりが可能になるにちがいない。

*この記事は、1997年1月15日発行のものです。

●佐藤獣医科医院
 大阪府四条畷市中野本町
 Tel (0720)76-8357
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