てんかん発作をおこす
ネコがてんかん発作をおこす割合は、二百頭に一頭前後。
もっとも、ほとんどが、脳内の異常、障害に起因するケースである。
では、どんな病気にかかわっているのだろうか。
監修/渡辺動物病院 副院長 渡辺 直之
静岡県島田市大柳825の10 TEL0547・38・0144

ネコに多い「症候性てんかん」

イラスト
illustration:奈路道程

 

 ネコのてんかん発作は、ほとんどが、原因不明の髄膜脳炎やウイルス感染にともなう髄膜脳炎、脳腫瘍や赤血球が異常にふえる真性多血症、あるいは交通事故などによる脳挫傷などに起因するものと考えられている。つまり、脳内に明らかな異常、障害のある「症候性(続発性)てんかん」が主流で、犬に多い、原因不明の「原発性(特発性)てんかん」はほとんどない。
 「原発性」と「症候性」では、ある程度、発作のおこり具合が異なっている。「原発性」は、脳の内奥で発生した電気的興奮が表層の左右脳に伝わり、一挙に全身がはげしい痙攣(けいれん)にみまわれることが多い。「震源地」が脳の内奥のため、内部の状況を検査することがむずかしい(左右脳には異常、障害がない)。このような発作は、大型犬などにしばしばみられ、失神状態で口から泡をふき、糞尿をまきちらしながら、ガクガクガクと全身を強く痙攣させたりするので、肝をつぶす飼い主も多い。
 一方、ネコに多い「症候性」では、左右どちらかの脳に、発作をひきおこす異常、障害がひそんでおり、まず、その周辺におこった電気的興奮で、からだの一部分、たとえば、顔面がピクついたり、どちらかの側の手足が痙攣したり、眼球に異常が現れたり、口をクチャクチャしだしたりして、その後、脳内の電気的興奮が左右脳にひろがり、はげしい全身痙攣をおこしたりすることが多い。また、発作がくり返されるうちに、当初、片側の脳半球だけにあった異常、障害が、反対側の脳半球に現れることも少なくない。なかには、意識をなくしたまま、突然、飛んだり、はねたり、駆けまわったあと、痙攣発作をおこすネコもいる。
 なお、はげしい発作のあとは、脳神経細胞もからだの筋肉もぐったりとして、意識が朦朧とした状態がしばらくつづき、そのまま眠りこんでしまうこともある。

髄膜脳炎によるてんかん発作
   ネコのてんかん発作の原因としてもっとも多いのは、髄膜脳炎である。髄膜(脳脊髄膜)とは、頭蓋骨の内で脳脊髄をつつむ保護膜で、三層からなり、表層から硬膜・くも膜・軟膜となっている。髄膜脳炎とは、その髄膜(おもに最下層の、つまり脳神経細胞に密着する軟膜)に炎症がおこり、周辺の脳神経細胞に悪影響をおよぼして、痙攣発作などさまざまな神経障害をもたらす病気である。
 ネコの髄膜脳炎には原因不明のものも多いが、ウイルス感染症によるものも少なくない。そのなかで有名なのは、ネコ伝染性腹膜炎(FIP)である。これはコロナウイルスがネコの血管内に炎症をおこすもので、お腹や胸の血管内で炎症をおこす(ウエットタイプという)と、患部に腹水や胸水がたまる。胸水なら呼吸困難、腹水なら食欲不振と栄養失調で衰弱死する。脳内の血管に炎症をおこす(ドライタイプという)と、髄膜脳炎などから重い神経障害をひきおこして、死に至る。ワクチンもなく、病気を治す薬剤もない。
 そのほか、ネコ白血病ウイルス(FeLV)やネコエイズウイルス(FIV)などでも、脳炎をおこす場合がある。
 さらに注目されるものが「ボルナウイルス」である。これは、最初、ドイツで競走馬が重い神経症状(ボルナ病)で死亡したときに発見されたウイルスで、現在、てんかん発作をはじめ、何らかの神経症状に苦しむネコの約半数が感染しているというデータもある。このボルナウイルスが実際、どのように脳疾患をひきおこすのか、定かではないが、原因不明の髄膜脳炎のうちには、このウイルスが関係するものがひそんでいる可能性は高い。

脳腫瘍などの病気とてんかん発作
   そのほか、ネコのてんかん発作をひきおこす病気には、とくに高齢のネコに多い脳腫瘍や真性多血症などがある。
 髄膜に病巣をもつ髄膜腫など、脳腫瘍になると、脳神経細胞を圧迫して、てんかん発作などをおこしやすくなる。髄膜腫などは、画像診断で病巣を検出できれば、外科手術でとりのぞくことができるため、アメリカでは手術例も多いが、ネコの頭が小さくて、手術の難易度が高く、また、クリーンルームや手術用顕微鏡など特別の設備・機器が必要なため、日本ではそれほど普及していない。
 真性多血症とは、赤血球が異常にふえる病気で、そのために、血液が粘ついて流れが悪くなり、脳内の血管に十分な血液が行きわたらず、失神して、痙攣発作などをおこしやすくなる。発作がくり返されるうちに、特定の病変ができ、発作をひきおこす。
 また、まれに避妊手術のあと、痙攣発作をおこして、突然死するケースもある。渡辺動物病院の事例(二例)では、ともに生命に別状はなかったが、発作の症状がのこった。このネコは手術前の身体検査では異常がみとめられず、原因は不明だが、発作後の血液検査で、ボルナウイルスの陽性反応が出た。
 そのほか、ネコには、虚血性脳症という、脳内の動脈の一部分がつまって、その周辺の脳神経細胞が壊死し、それによって痙攣発作などをおこす病気もある。これは、アメリカで報告されている発作事例だが、まだ、日本では見つかっていない。ネコの場合、脳の血管造影検査がおこなわれていないため、脳内部の血管の状況をくわしく知ることができない。 
 人の場合、画像診断や外科手術の急速な進歩で、脳内の病気にかかわる診断・治療技術は飛躍的に向上した。現在、獣医療の現場でも、CTやMRIなどの画像診断は普及しはじめているが、まだ、大学附属病院や一部の動物病院にかぎられていて、動物の脳内部の病気については未知の領域も多い。

*この記事は、2000年11月15日発行のものです。

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