トキソプラズマ
人間の流産や胎児に奇形を誘発させる病原性原虫
言うまでもなく、人もネコも、同じ哺乳類の仲間であり、生物として、内臓も骨格も見かけほどの差はない。だから、仲よく、同じような寄生虫に感染することも少なくない。 感染しても、多少腹を下したりするぐらいなら愛敬だが、ときには、人間の流産あるいは胎児の脳や眼に悪影響を及ぼすトキソプラズマのようなものもいる。
監修/増田イヌネコ病院 院長 増田 晃

風邪かと思えば、トキソプラズマ

イラスト
illustration:奈路道程

 

 物騒な寄生虫がいる。どこかで聞いたことがある。さて、どんな病気だったのか…。そのように、人の耳にも眼にも頭にも残りにくい病原虫がいる。たとえば、トキソプラズマがそうだ。
 まずもって、正確に発音しづらい。さらに、フィラリアのように、名前を聞いてその形や症状をリアルにイメージすることがむずかしい。ピンと来ない。人間にとってどこか縁遠い感じがする。しかし、私たちの身近にいて、ネコや人間をはじめ、あらゆる温血動物に寄生し、経口感染によって動物の体内に入る。感染経路は限られていて、一つはネコのフン(ネコ科だけで、それ以外の動物のフンでは感染しない)。もう一つは豚などの生肉を通じて、だ。
 ネコが感染すると、微熱が出たり、鼻水が出たり、下痢をしたり、風邪に似た症状になる。体力のない子ネコの場合には、衰弱死することもある。だが、大きくなれば、「風邪を引いたかな」、程度で済んでしまう。
 恐いのは、ネコではなく、人間。といっても、普通の人にはあまり影響はない。大変なのは、妊娠中の女性がトキソプラズマに感染した場合である。妊娠期間中、とくに妊娠初期から中期に感染すると、この原虫が流産をさせたり胎児の脳や眼球に侵入して、失明や水頭症になる可能性がある。

ネコのフンを媒介して、人体を侵す
   ネコから人への感染のしかたを簡単に述べる。わが家のネコが、外出して、トキソプラズマに感染したネコのフンに触れ、毛づくろいなどで体をなめているうちに、この病原虫が体の中に入る。すると、体内で増殖して、フンとともに体外に出る。これをオーシストという。しかし排便後すぐでは、感染性のない未成熟オーシストのままだ。
 それが2日ほどすると、感染性の成熟オーシストになる。毎日きれいに処理していると、感染の恐れは少なくなる。しかし、ネコのお尻の毛をはじめ、ジュウタンやタタミ、座ブトンなどどこに残っているか分からない。おまけに、ゴキブリやハエなどがたかって、食器に付ける場合もある。飼い主が喜んで、ネコに口元をベロベロなめてもらっていれば、世話はない。体長10ミクロンほどのトキソプラズマはあっさりと人体に入る。
 ただし、感染したネコが感染性のオーシストを排泄するのは、感染後1ヵ月だけ。そのうえ、一度感染して抗体ができると、再感染せず、自分のフンが感染源とはならない。しかし、いつ、どこで、感染性のオーシストを体にくっつけて帰宅するかも分からない。
 自宅に妊娠中の女性がいたり、あるいは自分の子や孫、友人や知人に妊娠中の人がいれば、ネコが自由に出入りする家庭なら、トキソプラズマのことを考えておく必要がある。幸い、フィラリアのような予防薬がある。自宅のネコが未感染なら、妊娠期間中(特に初期から中期まで)予防薬を飲ませておくべきだ。

断固として、家庭での感染源を断つ
   ネコが一度感染して抗体ができると再感染しない、と先に述べたが、それは人間でも同じだ。子どものころからネコ好きでネコと遊んで育った人なら、すでに抗体のある可能性が高い。
 しかし不幸なことに、妊婦以外、トキソプラズマの陽性か陰性か、血液検査をする人はほとんどいない。だから、妊娠初期に検査して陽性だった場合、妊娠後感染したのかどうか分からないのである。あとは、赤ちゃんが五体満足に生まれるまで、不安な日々を送ることになる。マタニティブルーといって済まされない話である。
 妊娠適齢期の女性が出入りする家庭なら、まず、ネコの検査をし、さらにネコに縁のある彼女たちの検査をして、抗体があるかどうか、きちんと調べておけば、余計な不安にかられることもない。わが家の愛すべきネコが原因で、流産したり、最愛の胎児が重い病気にかかるとすれば、これほど不幸なことはない。昔の格言に言う、「敵を知り、己れを知らば、百戦、危うからず」。人間とネコが仲よく暮らすために、飼い主誰もが病因と予防法を正確に身につけるべき病気の一つが、トキソプラズマなのである。
 ついでに言えば、人間への感染源として有名なのは豚肉だ。現在は、生育環境や検査体制の整備が進んで、感染した豚肉を食べる機会が減ったが、万全ではない。台所で、トンカツ用に生の豚肉を切り、同じ俎板(まないた)の上で、そのあとキャベツの千切りなどをすれば、容易に人の口にトキソプラズマが入ってくる可能性がある。
 もっとも、この病原虫は熱に弱い。60℃以上の熱湯をかければ、駆除できる。また、豚肉(羊や山羊の肉も同様)を食べるとき、生肉の取り扱いに注意し、肉の内部までしっかり熱が通るように調理することを心がけてほしい。

*この記事は、1995年11月15日発行のものです。

●増田イヌネコ病院
 大阪府枚方市楠葉朝日3-9-32
 Tel (0720)56-0555
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