ウイルス感染症にかかる(FeLV・FIV・FIP)
ネコには、予防や治療の困難な、命にかかわるウイルス感染症が少なくない。
その代表といえる「ネコ白血病ウイルス(FeLV)」「ネコ免疫不全ウイルス(FI V)」
「ネコ伝染性腹膜炎(FIP)ウイルス」を中心に、病気の概要と予防策を再考する。

恐怖のウイルス・トリオ


illustration:奈路道程

 

 地球上には、動物や植物、細菌などの細胞内に寄生し、その細胞の遺伝子に働きかけてみずからの増殖をはかり、寄生する「宿主」の細胞を破壊して、さまざまな病気をおこす、きわめて小さな微生物がいる。それが「ウイルス」(語原はラテン語の「毒」)である。
 彼らの、どんな適応戦略によるのか、動物に寄生するウイルスには、哺乳類すべてに感染する狂犬病ウイルスから、人だけ、ネコだけ、犬だけなど対象限定のウイルスまでそろっている。自然治癒を唯一の治療手段とする動物と違い、人類は、みずからばかりでなく、関係の深い動物たちをむしばむ有害ウイルスの感染を未然に防止する予防ワクチンの開発・普及に力をそそいできた。しかし、なぜかネコたちには、予防の困難な、致死性の高いウイルス感染症が少なくない。その代表が、一般 にネコエイズといわれるネコ免疫不全ウイルス(FIV)、ネコ白血病ウイルス(FeLV)、ネコ伝染性腹膜炎(FIP)ウイルスである。
 よく知られるように、FIVは、感染ネコの唾液などにひそむウイルスが、ほかのネコの傷口などから体内に入り、比較的長い潜伏期のあと、発症して、体の免疫機能に打撃を与え、いろんな細菌感染や悪性腫瘍を併発し、ついに「宿主」の命をうばう。
 FeLVは、やはり感染ネコの唾液などにひそみ、母子などのなめ合いや食器の共用、ケンカなどによってほかのネコに感染。おもに骨髄に入って白血球や赤血球の造血作用に悪影響をおよぼし、免疫力の低下や貧血などで命をむしばんでいく。
 FIPは、ふつう、腸炎などをおこすコロナウイルスの一種が感染ネコからほかのネコに感染。その体内で突然変異をおこしてFIPウイルスとなり、お腹や胸の血管で激烈な炎症をおこしたり(ウェットタイプ)、脳神経細胞や肝臓、腎臓などに炎症をおこして(ドライタイプ)、命をうばう。

FeLVワクチンの接種率をいかに上げるか
   さいわい、近年はネコ白血病ウイルス用の予防ワクチンが開発され、ワクチン接種されるネコたちも増えてきた。しかし、FeLV(ネコ白血病ウイルス)に感染・発症するネコたちの数は、以前とあまり変わりないようだ(ある調査によれば、感染率は十〜十五%)。
 その要因は、いくつかある。一つには、ワクチン接種率が全国的にみると、せいぜい十%前後と低いことにある。ネコの予防ワクチンとしては、三種混合ワクチン(ネコウイルス性鼻気管炎、ネコカリシウイルス感染症、ネコ汎白血球減少症=パルボウイルス)が有名で、飼いネコたちのあいだでは接種率がかなり高いが、その足元にもおよばないわけだ。
 では、どうしてFeLVの予防ワクチン接種率が低いのか。それは、このワクチンは新参のために、まだまだ知名度が低く、そのうえ、これまで三種混合ワクチンと別 に接種しなければならず、飼い主の手間ヒマも費用も余計にかかる、という問題がまず考えられるだろう(最近、三種混合ワクチンと一体化したワクチンが開発された)。
 それに加えて、ワクチン接種をおこなう獣医師側に、このワクチンの副作用を過剰に心配する傾向があげられる。実際、アメリカの症例では、FeLVワクチンを接種したネコのなかに、線維肉腫という悪性腫瘍、つまりがんになったとみなされる事例が散見される。しかし、その確率は一万分の一、ないし二万分の一程度といわれる(日本では、まだ明らかな事例は確認されていない)。日本国内のFeLV感染率(十分の一以上)を考えると、FeLVワクチンの接種率を上げて、感染の可能性を減らすことが重要だ。とくに、子ネコなどの年若いネコがFeLVに感染すると、治癒率はせいぜい十数%ほどで、感染後一年以内になくなる可能性が高い。さらに、FeLV(ネコ白血病ウイルス)に感染したネコは、さいわい自然治癒したにしても、体の免疫力、抵抗力が低下して、FIV(ネコ免疫不全ウイルス)をはじめとするウイルス感染症や細菌感染症にかかりやすく、リンパ腫をはじめとする悪性腫瘍になりやすい。
 結局、病気予防というものは、いかに病気になる確率を減らすか、である。そのために、何をするのがより有効か。たとえば、FeLVに感染しやすい若齢期にはワクチン接種をおこない、三歳以上の、FeLVに感染しにくいネコでは腫瘍などの副作用の心配を避けるため、ワクチン接種を止めるなどの方法もいいだろう。

避妊・去勢と室内飼いの徹底をはかる
   予防ワクチン接種は、それによって、特定の病原性ウイルスに対する体の抵抗力、つまり抗体価を上げて、体内に入ったウイルスをやっつけようというものである。だから、接種回数や個体差などによって、たとえワクチン接種しても、抗体価が予防に必要なほどに上がらず、悪性ウイルスに感染してしまうこともないとは限らない。
 とすれば、最も安全確実なのは、ワクチン接種をしたうえで、感染ネコとの接触をなくすために、室内飼いに徹することである。
 言うまでもなく、有効な予防手段のない(ネコ免疫不全ウイルス(FIV)やネコ伝染性腹膜炎(FIP)ウイルスから飼いネコを守るには、室内飼い以外に有効な方法はない。
 といっても、現実的に、マンションなどの集合住宅ならともかく、戸建て住宅で庭があるような場合、飼いネコの外出を完全に防止するのはむずかしい。早めに避妊・去勢手術をおこなって、ネコの外出意欲を低下させること。また、万一、外出したとしても、野良ネコや外ネコとのケンカや交尾(交尾時、感染した雄ネコが雌ネコの首筋をかむことによってできる傷口からウイルス感染することも少なくない)などの感染機会を少しでも減らすことが大切である。

*この記事は、2002年3月15日発行のものです。

監修/山陽動物医療センター院長 下田 哲也
岡山県山陽町河本357 TEL 0869・55・1543


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