息が荒く、後ろ足にマヒが起こる
発症すれば一命にかかわる「心筋症」
「肥大型」「拡張型」「拘束型」の3タイプに分かれる心筋症。
原因はいまだ不明で、根治療法はない。しかし、適切な緩和療法で、かなりの延命効果が期待できる。

【症状】
呼吸困難や運動機能障害

イラスト
illustration:奈路道程

 猫の病気の中で、症例は少ないが、万一発症すれば一命にかかわるのが心臓の病気「心筋症」である。
 生きている間、休みなく収縮を繰り返す心臓は、極めて丈夫な筋肉組織(心筋)でできている。猫の心筋症とは、その丈夫な「心筋」が、なぜか原因は分からないが、ぶ厚くなったり(肥大型心筋症)、風船のように薄くなったり(拡張型心筋症)、血液を送り出す「心室」周辺の心筋が硬くなり、内腔が狭少化(拘束型心筋症)する病気だ。
 その心筋症の中で特に多いのが「肥大型心筋症」である。肥大型といっても、心臓の外側が大きくなるのではなく、心筋が内部に向かってぶ厚くなっていく。つまり、内部の容積が縮小し、心臓の動き、働きが低下して、血流が悪くなっていくわけだ。そうなれば、肺動脈と肺静脈で結びつく肺機能が悪化し、もし肺に水がたまったり(肺水腫)すれば呼吸困難を起こす。また、全身への血液循環も不十分になり、体の組織や細胞が酸素不足、栄養不足になれば、猫は元気、食欲、活力がなくなり、じっとうずくまるばかりになる。また、心臓内に血の固まり(血栓)もできやすくなる。その血栓が体内を循環し、後ろ足の血管に詰まれば、足がふらつき、ひどいと短時間でマヒしてしまう。もし、血栓が脳の血管内で詰まれば、脳神経がダメージを受ける。
 なお、肥大型心筋症の症例のうち、血栓を作り、足のマヒなどの運動機能障害を引き起こすのが約5割。肺機能が低下して呼吸障害を引き起こすのが約5割と見られている。疑わしい兆候が少しでもあれば、すぐに動物病院で検査してもらったほうがいい。
 

【原因とメカニズム】
原因不明だが、三つの心筋症に何らかの関連性があるかも?
 
 猫の心筋症の特徴は原因不明であり、なぜ、発症するのかは分からない。現在、遺伝的な素因が疑われているが、科学的に確かめられてはいない。また、発症例を見ても、品種や雌雄、年齢などに特定の傾向がはっきりと現れているわけでもない。ただし、拡張型は高齢猫が発症しやすい。
 しかし、この肥大型、拡張型、拘束型3種類の心筋症の間に、何らかの関連性はありそうだ。
 というのは、肥大型心筋症になった猫が、適切な治療(緩和療法)によって症状が安定した何年か後に、今度は拡張型心筋症になった症例があったからだ。つまり、これら三つの心筋症はまったく別個ではなく、最初、肥大型心筋症を発症し、のちに、肥大型の症状が収まって、ぶ厚かった心筋が今度は薄く伸びる拡張型に移行したり、心室部位の心筋が硬くなって拘束型に移行する可能性も考えられるのである。
 ちなみに、20年ほど前まで、アメリカでは拡張型心筋症の症例が極めて多かった。しかし、その原因が、当時のキャットフードに「タウリン」(アミノ酸の一種)が不足していたためと判明。以後、キャットフードのタウリン含有量が増加され、拡張型の症例が激減した(これは、正確には拡張型心筋症とは言わず、「タウリン欠乏症」という)。
 この事例から考えると、日本の猫たちに拡張型同様の症状を示すタウリン欠乏症が少ないのは、昔から、日本ではタウリンを豊富に含む魚介類をたくさん与えていたからかもしれない。

【治療】
症状悪化を防ぐ適切な緩和療法で延命をはかる
 
 呼吸器障害や運動機能障害などで心筋症が疑わしい猫の胸部を超音波診断すれば、心筋の変異を発見できることが多い。もっとも、猫の心筋症は原因不明で、心筋の変異自体を治療する根治療法はない。いかに症状を和らげ、余命を延ばすかという緩和療法が治療の目的となる。
 心筋がぶ厚くなって、心臓の動き、働き(収縮機能)が悪くなり、血栓を作りやすくなる肥大型の場合、心臓の収縮力を抑え、血管を拡張させる薬剤を投与して心臓をリラックスさせ、同時に、凝集機能のある血小板の働きを抑える薬剤を投与して血栓を作らせない治療を行っていく。この薬剤療法で、何年も生存できた猫が少なくない。
 なお、血栓が後ろ足の血管に詰まった場合、薬剤投与によって血栓を溶かす方法や、患部に超音波を当てて血栓を砕く方法、さらに手術して血栓を除去する方法がある。しかし、薬剤投与や超音波療法ですぐに血栓を除去できなかった場合、進行が速ければ、わずか1日でマヒ状態となる。また、手術による療法も成功率はあまり高くない。難しい選択を迫られるケースである。
 一方、心筋が薄くなって心臓の収縮機能が低下する拡張型の場合、かつては心臓の動きを活発にさせる強心薬の投与が主流だった。しかし、医学界で、心臓の収縮機能を抑え、血管を拡張させる薬剤の治療効果が高いことが確証されると、獣医学界でもその治療法の有効性が認められ、採用されるようになってきた。

【予防】
ストレスを避け、早期発見・早期治療を!
 
 猫の心筋症は原因不明で、具体的な予防法はない。日ごろから愛猫の様子、動作に注意を払い、少しでも息が荒くなったり、歩き方がおかしかったりすれば、動物病院で検査してもらうなど、早期発見、早期治療を心がけてほしい。先に述べたように、時代とともに有効な治療法が開発されてきた。たとえ発症しても、できるだけ初期の段階で発見し、適切な治療を行っていけば、日々の生活も安定し、より長く生きることも可能だ。
 心臓はストレスによって変調をきたしやすく、症状悪化の要因となりやすい。猫が清潔で穏やかな暮らし方ができるように配慮することが大切である。

*この記事は、2005年8月20日発行のものです。

監修/東京農工大学農学部獣医学科 教授 山根義久
この症状を引き起こす病気はこちら


犬猫病気百科トップへ戻る
Copyright © 1997-2009 ETRE Inc. All Rights Reserved.
このサイトに掲載の記事・イラスト・写真など、すべてのコンテンツの複写・転載を禁じます。