鼻腔腫瘍
愛犬に鼻血、鼻汁、くしゃみなどの症状が出たからといって、必ずしも鼻炎やかぜのせいばかりではない。 とくにシェルティなどの長頭種の場合、鼻の内部(鼻腔)に悪性腫瘍ができていることもある。
監修/酪農学園大学 獣医学科教授  廉澤 剛

愛犬の鼻血、鼻汁に要注意

イラスト
illustration:奈路道程
 犬は鼻で世界を知り、鼻で生きる、といえるほど、犬にとって、嗅覚をつかさどる鼻の役割は重要だ。もちろん、鼻は、臭いをかぎわけるだけが仕事ではない。呼吸、つまり息を吸い、息を吐くという、生命維持に不可欠な役割を担っている。呼吸のためには、口よりも鼻のほうが大切だ。乾いた空気、冷たい空気、汚れた空気は、のどや肺を痛め、体に害となる。しかし、空気が奥深い鼻の内部(鼻腔)を通るあいだに、乾いた空気は粘膜をおおう粘液で加湿され、ホコリやゴミは粘膜に付着し、冷たい空気は、鼻腔周辺に集まる血管を流れる血液で暖められ、体に良い、高温多湿できれいな空気が気管から肺に到る。
 鼻は、嗅覚だけでなく、エアコン、空調機能をもつ器官なのである。そのため、鼻の内部(鼻腔)は、湿気に満ちた、深く、広い粘膜の部屋となっている。そこに突然、生まれ、育つがんが鼻腔腫瘍である。
 場所が鼻の内部だけに、鼻腔腫瘍は早期発見がむずかしく、気づいたときは大きくなって手遅れになりやすい。
 たとえば、わが家の犬が鼻汁を出す。くしゃみをする。あるいは、鼻血を出す。そのような症状は、人間なら、かぜや鼻炎、アレルギー、ちくのうなどでなりやすい。だから飼い主は、まさか腫瘍の恐れがあるなどと思わない。念のために、動物病院で診察してもらい、鼻炎の疑いなどで、抗生物質や止血剤を処方され、自宅で服用。すぐに鼻汁や鼻血が止まると、安心してそれっきりとなる。
 しばらくして、また、鼻汁、鼻血が出る。あるいは、顔面が腫れてきて、動物病院へかけこみ、精密検査を受けて、鼻腔腫瘍と診断されることも少なくないのである。

シェルティなどの長頭種犬がなりやすい鼻腔腫瘍
   もっとも、鼻腔腫瘍は、それほど多くの犬がかかるわけではない。かかりやすいのは、鼻の長い、長頭種。とくに日本では、シェルティ、ことシェットランドシープドッグにめだつ(外国では、シェルティのほか、コリーなども)。年齢をみると、十歳前後をピークに三歳から十五歳ぐらいまで。発見のポイントは、鼻血である。犬は、人間とは違い、鼻血を出すことはめずらしい。悪性腫瘍は、周辺の血管を取り込んで栄養を吸収し、大きくなる。そのため、もし鼻血を出すことがあれば、まず鼻腔腫瘍を疑って、レントゲンだけでなく、可能ならCTなどの断層撮影検査を受けるほうがいい。レントゲンやCTで肉塊が確認されれば、それを採って、悪性腫瘍かどうかを調べてもらう。
 悪性腫瘍(がん)の治療方法には、おもに腫瘍組織を摘出する外科治療、抗がん剤を投与する化学治療、放射線を照射する放射線治療がある。
 しかし、鼻腔は、眼と脳と口に囲まれた場所で、鼻腔腫瘍は、成長するにしたがって、顔面に張り出すか、眼や脳、あるいは口のほうに浸潤してしまう。
 そのため、外科治療は腫瘍組織を部分的に掻き出す手術ぐらいに止まることが多い。

手遅れなら、半年前後で一命を落とす

治療前

治療後
 となれば、抗がん剤の投与か放射線治療となるが、抗がん剤は細胞毒性薬であるため、がん組織だけでなく、全身の正常組織に悪影響をおよぼす可能性が高く、また、成長した鼻腔腫瘍への効果もそれほど大きくはない(もっとも、リンパ腫の場合は効果的なことが多い。詳しくは、猫のページで述べる)。また、放射線治療も正常組織に影響をおよぼす治療法であるが、正常組織よりも放射線に弱い鼻腔腫瘍(腺癌、扁平上皮癌)が多いため、犬の鼻腔腫瘍には重要な治療法である。しかしながら、放射線治療装置は主に限られた大学病院にしかない。
 がんの種類、大きさ、広がりなどを十分に調べたうえで、少しでもがん組織の成長を止め、延命をはかるための治療方法をさぐるべきである。がん組織が小さく、またある部位に限局している場合は、根気よい治療によって、数年程度、延命することもあるが、手遅れの場合は、症状発見後、半年内外で一命を落とすことが多い。
 とくにシェルティなどの長頭種犬を飼っているなら、鼻血、鼻汁やくしゃみなどの症状に気づいたときは、万一のことを考えて、レントゲンやCTなどで精密検査し、もし鼻腔腫瘍なら、腫瘍がごく小さいときに適切な治療を受けることが何よりも大切だ。とりわけCTによる断層撮影なら、鼻腔から眼や脳、口のほうへの浸潤の様子もはっきりと把握できるので、発見が早く、確かなだけでなく、治療方法を検討するうえで不可欠なデータを入手できる。
 鼻腔腫瘍の原因は明らかではない。外国の文献に、煙草の煙が因子となるというものもあるが、国内外ともに症例研究は、これからの段階で、くわしいことはわからない。もっとも、人間の鼻腔腫瘍では、喫煙が原因のひとつと考えられているので、何らかの関連性はあるかもしれないが--。

*この記事は、1999年12月15日発行のものです。
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