痴呆2

【症状】
昼夜逆転、夜鳴き、トボトボ歩き、いくら食べてもやせる…

illustration:奈路道程
 年をとれば、体の組織や働きが衰えて、いろんな障害が起こってくる。そんな老化現象の一つに、脳神経細胞の機能障害といえる「痴呆」、いわゆる”ボケ“がある。
 これまでの調査研究では、犬の痴呆が始まるのは十三歳ごろからで、十五、六歳ぐらいがピークである。確かに犬たちの高齢化、長寿命化とともに症例も増加しつつあるが、現実にボケるのは、数千頭から一万頭に一頭ぐらいと見なされている。
 犬たちの典型的なボケの症状は、昼夜が逆転し、昼寝て、夜起きる 飼い主が呼びかけても、応えない 夜中に一本調子の大きな声で鳴き続ける いくらでも食べる 下痢をしない 食べても食べても、やせていく トボトボと歩き続ける 前進ばかりで後退できない 狭いところやコーナーから出られない…などである。高齢の愛犬がそんな状態になれば、飼い主は、昼夜逆転の看護生活に疲れ、夜鳴きで眠れず、隣近所への迷惑を気遣い、ほとんどノイローゼ気味になりかねない。
 といっても、年をとれば、すぐにボケるわけではない。その前に、たいがいの犬たちは目が見えなくなり、耳も遠くなっていく。いとしい飼い主の姿も見えず、声も聞こえず、 ”自分だけの世界“に閉じこもりがちになる。前後して、自律神経もおかしくなり、体を活発にする交感神経の働きが低下し、体をリラックスさせる副交感神経の働きばかりが高まっていく。いわば”幸せ“な瞑想状態のなかで、ボケの諸症状が強くなるわけだ。


【原因とメカニズム】
不飽和脂肪酸が欠乏して起こる、脳の代謝性疾患の可能性も
   先に痴呆は、脳神経細胞の機能障害と自律神経の失調にかかわると述べたが、なぜボケるのか、なぜボケると一本調子の夜鳴きを続けるのか、前進のみで後退できないのか、はっきりとした原因とメカニズムは明らかではない。
 しかし、これまで「動物エムイーリサーチセンター」で調査研究した百三十五例の症例中、約85%が柴犬系の日本犬であった。さらに、その治療方法として、魚介類に多く含まれる不飽和脂肪酸の一つ、EPA(エイコサペンタエン酸)を与えると、夜鳴きの症状も改善され、認知能力も若干高まった。これらのことから以下のことが推定できそうだ。
 犬はもともと陸上の動物性タンパク質に依存してきた。しかし四方を海に囲まれた日本列島で、動物性タンパク質の多くを魚介類に依存してきた日本人と何千年にもわたって生きてきた日本犬たちは、魚介類に由来するEPAやDHA(ドコサヘキサエン酸)などの不飽和脂肪酸を活用する脳神経細胞の代謝システムを作り上げてきたのかもしれない。それが、飼育環境の向上や獣医療の進歩で長生きし、また、牛や鶏、羊など陸上の動物性タンパク質中心のドッグフードを常食するようになったため、老化に伴い不飽和脂肪酸が欠乏して、脳の代謝性疾患が起こるようになったとも考えられるのである。
 そのほか、高齢期の犬が脳腫瘍によって、あるいは、腫瘍の手術で使用される麻酔がトリガー(引き金)となり、ボケの症状が現れたケースもある。

【治療】
EPA・DHAの投与で、症状を改善する
   夜鳴きなどボケの症状を示す高齢犬に、不飽和脂肪酸の一つ、EPA・DHAをサプリメント(栄養補給剤)として与えたり、血管拡張剤を投与して、脳神経細胞の代謝を活性化させていくと、投与開始後二、三週間すれば、夜鳴きがやんだり、飼い主を認知したり、といった症状改善の効果が現れることが多い。しかし、「夜鳴きが激しくて」と動物病院に駆け込む飼い主は、老愛犬の看護に心身ともに疲れきっていて、治療効果の現れる二、三週間が耐えがたいことも少なくない。鎮静剤などを使えば静かになるだろうが、ボケは確実に進行する。
 それに、痴呆は脳の老化の最終段階ともいえるため、症状改善に役立つサプリメントや薬剤の効果もだんだんと薄れていき、数か月から半年、長くても数年以内に死亡する(食べなくなれば、やせてガリガリで体力に乏しいため、わずか一、二日の命である)。
 結局、痴呆は、老愛犬のターミナルケア(終末医療)をどうするのかが問われる問題である。いかに看護が大変でも最後まで看護を続けるか、あるいは看護の限界を感じた時点で、欧米のように、飼い主自らが愛犬の安楽死を決断するのか。いずれにせよ、犬と暮らすということは、愛犬の生と死とにいかに向き合い、かかわるかではないだろうか。

【予防】
脳を活性化するフードを与える
   先に述べたように、犬、殊に日本犬の痴呆は、血中EPA・DHAが非痴呆の老犬に比べて明らかに低下しているので、痴呆を不飽和脂肪酸不足に起因する脳神経細胞の代謝性疾患とするのなら、高齢期の愛犬に、EPAやDHAなどの不飽和脂肪酸入りの食事を与えれば、予防効果が認められそうである。また、普段から注意して、ボケの症状が出始めた段階で適切な治療をすれば、症状悪化をある程度、抑えることができる。
 もし、すでにボケの症状が出て、室内をトボトボ歩き、机の下や部屋の隅で立ち往生して、鳴くことが多いのなら、風呂マット三枚で円形の「エンドレスケージ」を作り、その中に入れておけば、障害物がないため、愛犬はぐるぐる回り続け、歩き疲れればそのまま眠るため、鳴き騒ぐことが少なくなることもある。

*この記事は、2003年10月20日発行のものです。

監修/株式会社動物エムイーリサーチセンターセンター長 内野 富弥
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