中毒に苦しむ
家庭周辺には、食べると危険な物があふれている。
とくに飼い主家族との密着生活を楽しむ、食欲旺盛な犬たちには、中毒の恐れが大きい。

(人用の)食べ物、飲み物の中毒

illustration:奈路道程
 人の生活環境には、犬やネコたちに中毒症状をおこさせる食品、嗜好品、生活用品、植物、薬剤、農薬など、さまざまな物があふれている。もともと動物たちは、みずからの身を守るために、不審な物、からだに害がありそうな物をむやみに食べることはない。だから、いかに旺盛な食欲を誇る犬でも、生のタマネギが台所に転んでいるからと、かぶりついたりはしない。しかし、おいしそうなにおいのする、タマネギの入った肉ジャガやカレー、シチュー、ハンバーグなどが目の前に残されていれば、鍋に頭をつっこんで食べてしまう。結果、タマネギ中毒になり、まれに大貧血をおこす犬もいる。
 家族の一員として、家庭内で自由な暮らしを送る犬たちは、毎日、きちんとドッグフードを食べていても、食欲だけは、お腹をすかせてうろつきまわっていた野生時代そのまま。てんぷら鍋に残っていたサラダ油をがぶ飲みしたり、ゴミ箱をあさり固形化したサラダ油を平らげて、油中毒になった犬もいれば、ジャーキーなどのにおいのする鮮度保持剤や乾燥剤を食べ、食道や胃の粘膜を痛めたりすることもある。
 なかには、ビールや日本酒、ジン、ウオッカ、ミルク味のカクテルなどを飲み、立つことも坐ることもできないほどに酔っ払い、酒くさい吐息でワンワン吠え立てる人騒がせな犬もいる。むろん、犬が自分で酒屋に出入りすることはない。飼い主によって酒の味をおぼえ、家人の酒席でみずから酒ビンを倒して飲んだり、梅酒用の梅干をいくつも食べたりして、急性アルコール中毒になってしまう。

生活用品の中毒や異物の飲み込み
   別に食べるつもりはなくても、いろんな物をかじるのは犬たちの楽しみ、気晴らしのひとつだ。幸か不幸か、人の家のなかは実に多くの危険物質であふれている。
 石鹸をかじったり、洗濯機の排水を飲んで、洗剤中毒になる犬がいる。ソテツの実をかじって、中毒死することもある。湿布剤を食べて胃潰瘍になり、食べてから、二、三日して吐血したり、血便が出たりしてあわてて動物病院に連れてこられるケースもある。ボタン電池を飲み込み、中の物質が溶けだして、消化器官に孔があくこともある。タバコの吸殻を食べたり、灰皿にたまった水を飲んで、ニコチン中毒になる犬もいる。
 とくに留守番のときが要注意だ。愛犬がさびしくて、飼い主家族を思い出させるタバコやボールペン、ピアス、クレヨンやマジックインクなどをかじり、消化器官を傷つけたり、中に含まれる化学物質で中毒症状をおこしたりすることも少なくない。
 家族が日ごろ服用している薬剤もこわい。薬箱をかじらなくても、家族が薬を飲むとき、小さな錠剤を床に落とすこともないとはいえない。いつも、人が食べるものなら、自分も食べたい、なにか食べ物はないか、と床で待機している犬が、好機到来と、ひとなめすれば大変だ。人用の睡眠薬や血圧降下剤、心臓病の薬を飲んで、危険な目にあう犬もいる。抗がん剤を飲み込んで、痙攣(けいれん)などの重い神経症状になり、命を失った犬もいる。
 中毒は、何をどのくらい食べたかによって、消化器官にかかわる下痢や嘔吐、吐血、血便から、肝臓、腎臓、膵臓疾患、さらに痙攣などの脳神経症状と、現れる症状が多岐にわたる。それも、中毒物質摂取後、数日しないと、明らかな症状が現れないものもあって、事後処置に手間取ることもある。
 治療方法も、原因物質が何か、によって変わってくるが、飼い主の目の届かないところでの飲食にかかわることが多く、原因不明で苦労することも少なくない。一般的には、まずはじめに嘔吐や下痢、胃洗浄、直腸洗浄、点滴などで中毒物質を少しでも体外に排出させたり、化学物質なら中和させたりすることが大切だ。いったん消化・吸収されれば、中毒物質が体内にとどまるかぎり、なんらかの症状はつづいていく。

農薬、殺虫剤中毒
   農薬や殺虫剤中毒もしばしばある。
 散歩のとき、除草剤がからだに付き、それをなめたり、家の内外にまく殺鼠剤や殺ナメクジ剤、殺ゴキブリ剤、殺アリ剤などを、どういうわけか、愛犬が食べてしまうケースも少なくない。
 殺鼠剤の場合、ネズミが食べると、しばらくして眼底出血して失明。光を求めて巣からはい出し、明るい室内や戸外で行き倒れるようになっている。そのため、犬が誤って食べると、何日か後に胸やお腹のなかで大出血して死亡することもある。殺ナメクジ剤なら、嘔吐や下痢から痙攣などの神経症状がひどくなる。農薬、殺虫剤などは、点滴で中和剤を投与し、神経症状などもどうにかおさまったから、と帰宅したのち、体内の脂肪中に溶けていた化学物質が、血液中に溶け出して、また神経症状などが現れることもあるから、安心はできない。
 たとえば犬が自分のノミとり首輪を食べてもすぐに症状が出ず、しばらくして、千鳥足になり、神経症状が出はじめて、あわてて病院に駆け込むことになる。
 中毒の悲劇をなくすには、いつも、愛犬の性格や嗜好、動作、健康状態をチェックして、変わった様子があるかどうか、よく観察すること。万一口にすれば中毒症状をおこす食べ物、生活用品、薬剤、農薬や殺虫剤の管理をしっかりとして、愛犬の口の届かないところに保管すること。むやみに人の食べ物、飲み物を与えないこと。散歩などの外出時、除草剤散布の有無を注意すること。留守番のときは、ケージか、安全な留守番ルームで飼い主家族の帰りを待つ習慣を身に付けさせること…など、ふだんから気をつけるべきことは少なくない。

*この記事は、2002年7月15日発行のものです。

監修/夜間救急動物病院獣医師 片渕千鶴子
大阪府堺市熊野町東4の4の11 tel.072・222・8132


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