過飲・過食、やせ、脱毛、おなかがたるむ
6、7歳以上の犬に多い「クッシング症候群」
よく水を飲み、食欲も旺盛なのにやせだした。脱毛しておなかもたるんできた。
そんな症状が見られたら「クッシング症候群」の可能性も。高齢期の犬が発症しやすいので要注意!

【症状】
過飲・過食、やせ、脱毛、おなかのたるみなど

イラスト
illustration:奈路道程

 「クッシング症候群」とは耳慣れない病名だが、主に高齢期の犬がかかりやすい病気のひとつである。例えば、このごろ、愛犬がよく水を飲む。食欲もすごいのにやせだした。被毛がどんどん抜け、おなかもたるんできた。どうしたのだろうか。このような症状は、すでにこの病気がかなり進行している可能性がある。
 クッシング症候群とは、日本語名で「副腎皮質機能亢進症」といわれる病気で、「副腎皮質」から「コルチゾール」という「副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)」を過剰に分泌することによって起こる(「クッシング」は、この症状を発見したアメリカ人医師の名前)。なお、「副腎」とは、左右の腎臓の上端にあり、体の細胞の働きを活発にするアドレナリンやコルチゾールを分泌する、小さな器官である。アドレナリンは中心部の副腎髄質で、コルチゾールは表層部の副腎皮質でつくられる。
 細胞に活力を与えるコルチゾールは、獲物を追いかけたり、敵から逃げたり、異性を求めて争ったりする、動物に不可欠なホルモンである。しかし、何らかの要因でクッシング症候群となって限度以上の分泌が続くと、前述したような症状が現れ、ついには糖尿病を併発。放置すれば死に至る。
 クッシング症候群は主に6、7歳以上の犬に多いが、中には1歳未満の若い犬にも見られ、犬の品種、年齢を問わず発症する。食欲が旺盛になったりするために見逃しやすく、全身の被毛が抜けたり、異常にやせたりして驚いた飼い主が来院することが多い。
 

【原因とメカニズム】
「脳下垂体」や「副腎皮質」に腫瘍ができ、コルチゾールを過剰分泌する
 
 なぜ、副腎皮質が過剰にコルチゾールを分泌するようになるのだろうか。その背景のひとつには、「腫瘍」の存在がある。
 まず、簡単にコルチゾール分泌のメカニズムを説明すると、脳(内の「間脳」)に付随する小さな分泌腺「脳下垂体」から分泌される「副腎皮質刺激ホルモン」の影響で、必要に応じて、副腎皮質がコルチゾールを活発に分泌する。ところが、その脳下垂体や副腎皮質に腫瘍ができると、それぞれ副腎皮質刺激ホルモンやコルチゾールの分泌を過剰に促進させていくのである。腫瘍自体は良性のものがほとんどだが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、コルチゾールの過剰分泌が体に様々な悪影響を及ぼしていく。なお、それぞれに腫瘍のできる割合は、脳下垂体が約90%前後といわれ、圧倒的に多い。
 その結果、過飲、過食、やせ、脱毛、おなかのたるみなどの症状が出る。おなかのたるみはコルチゾールによって腹筋が薄くなるためで、内臓が重力にしたがって下方にせり出してくることによる。また、肝臓も腫れてくる。それ以上に問題なのは、コルチゾールの過剰分泌によって「インスリン」の働きが抑制され、糖尿病を併発することである。
 インスリンは、体中の細胞に不可欠な糖分(ブドウ糖)を細胞内に注入する重要な役割を担っている。ところが、その働きが抑制されれば、糖分が細胞に取り込まれず、血中を循環し、尿とともに排出されてしまうのである。
 クッシング症候群には、もうひとつ「医原性」の要因が潜んでいる。例えばアトピー性皮膚炎などの症状がひどい場合、かゆみや炎症などの症状を抑えるためにステロイド(副腎皮質ホルモン)剤を投与することがある。もともと犬は人間よりずっとステロイド剤への耐性が強いが、それでも、長期間、ステロイド剤を投与し続ければ、コルチゾールの分泌過剰と同じ状態になり、クッシング症候群を発症しかねない。

【治療】
確定診断し、体調、症状をチェックしながら、適切な内科的治療を行う
 
 クッシング症候群の治療は、まず、できるだけ早く確定診断を行うことである。近年は、比較的簡単に血中のコルチゾール濃度を測ることができるようになった。しかし、コルチゾールは、例えば犬が動物病院で診察され、ストレスが高まっただけで分泌が促進されることもあるため、慎重な判定が必要になる。その犬の水の飲み具合や食欲の度合い、被毛や体のやつれ具合などをよく観察して、確定診断する必要がある。
 治療法には内科的方法と外科的方法がある。内科的なもののひとつは、コルチゾールを過剰に分泌する副腎皮質の細胞を部分的に破壊する薬剤を投与し、分泌量を必要最低限度に抑える治療である(副腎皮質の細胞をすべて破壊すると、活力が低下し過ぎる。反対に生き残った細胞が多いと再発する)。もうひとつは、コルチゾールの分泌自体をコントロールする薬剤を投与する治療である。この薬剤は安全性が高いが、生涯投与し続けなければならない。
 外科的方法は、上あごから頭部に穿孔(穴を開けること)して、脳下垂体に至り、腫瘍を切除する治療法だが、まだ国内では実施する獣医療機関がごく限られている。
 なお、クッシング症候群の治療開始が遅れ、糖尿病を併発すれば、生涯、毎日インスリンの注射を継続していかなければならない。

【予防】
6、7歳以降は定期検査で早期発見・早期治療を!
 
 クッシング症候群を引き起こすような腫瘍が、脳下垂体や副腎皮質にできるのを防ぐ方法はない。ただし、高齢期の犬が発症しやすいため、6、7歳以降は特に体調の変化に注意し、定期検査で血中のコルチゾール値をチェックしてもらい、早期発見・早期治療を心掛けることが大切である。
 また、医原性の要因で発症することもあるため、慢性的な皮膚炎の治療には、ステロイド剤の過度な投与は避けたほうがいいだろう。

*この記事は、2006年5月20日発行のものです。

監修/緑ヶ丘動物病院 院長 金澤 稔郎
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