膝蓋骨(内方)脱臼

【症状】
膝蓋骨を触るとぐらぐらする。スキップを踏んだり、つま先立ちで歩く

illustration:奈路道程
 犬の関節にかかわる病気で意外に多いのが、「ひざのお皿」が外れてしまう「膝蓋骨(内方)脱臼」である。原因については後に述べるが、よく知られる関節病「股関節形成不全」がゴールデンやラブラドールなどの大型犬に多いのに対して、膝蓋骨(内方)脱臼は、プードルやポメラニアン、ヨークシャー・テリア、柴犬などの小型犬に多い。なお、これらの犬たちが患うのは、主に膝蓋骨がひざの内側に外れる「内方脱臼」だが、ミニチュア・ダックスフンドやスピッツなどの場合、ひざの外側に外れたり(外方脱臼)、内外両方に外れたりする
ケースもある。
 大腿骨と脛骨と、そのつなぎ目を覆う膝蓋骨から成り立つ「膝関節」には、それらの骨をつなぎ、関節運動をコントロールするために、多くの筋肉や靭帯が、膝関節の前後左右、あるいはその内部に走っている。そのなかで、膝関節の「前」を覆う膝蓋骨と大腿骨をつないで、足の屈伸運動をつかさどるのが「大腿四頭筋」と呼ばれる、四本の丈夫な筋肉である(膝蓋骨と脛骨をつなぐ靭帯を「膝蓋靭帯」という)。
 膝蓋骨は、大腿骨下端部の溝(大腿骨滑車溝)に収まっているが、それが溝の側壁を越えて、膝の内側に外れ(内方脱臼)やすくなると、犬は、歩く時、膝関節をしっかり曲げて踏み込むことができず、スキップを踏んだり、ト、ト、ト、とつま先立ちで歩き出す。あるいは、時々、筋肉やスジがつったように、足で後ろに伸びをするしぐさをする。そうなれば、要注意である。


【原因とメカニズム】
「素因」を持つ犬が、ジャンプしたり、急にひざをひねったりすると…
   膝蓋骨(内方)脱臼になりやすいのは、先にもふれたが、プードルやポメラニアン、ヨークシャー・テリア、あるいは柴犬などの小型犬である。なぜかといえば、それらの犬種では、胴づまりで、腰が高く、側面からの立位姿が正方形に見える、いわゆる格好の良いタイプの犬が、もてはやされがちなためだ。胴長で腰が低く見えるタイプの犬であれば、ひざの曲がりが深く、踏み込み運動が十分できているため、膝関節を支える筋肉や靭帯が締まり、膝蓋骨の脱臼は起こりにくい。しかし、胴づまりで腰が高く、膝の曲がりが浅い場合は、膝関節を支える筋肉や靭帯が緩みがちになる。殊に膝蓋骨につながり、膝の屈伸に大きな働きをする大腿四頭筋が緩くなりやすく、子犬の時から膝蓋骨がぐらぐらし、急に体をねじって、ひざを外側に向けた時、膝蓋骨が大腿骨下端部の「溝」から内側方向に外れて、脱臼しかねない。
 そのような脱臼癖がつくと、犬たちはひざをかばうために、歩く時、体重をほとんど前足にかけ、後足を浮かせ気味に、つま先立ちで歩くようになっていく。ひどくなれば、常に脱臼状態となり、やがて筋肉や靭帯が委縮して、内股歩き(アヒルやガチョウのような腰を低くした歩き方)となり、膝関節や大腿骨、脛骨などが変形し、立ったり、座ったり、歩いたりすることが困難になってしまう。
 膝蓋骨(内方)脱臼は、前述のような小型犬が胴づまりという”格好良さ“を求められるなかで、増えてきた病気である。

【治療】
症状に合わせて、適切な外科治療や運動療法を
   膝蓋骨(内方)脱臼は、その症状の度合いによって、グレードIから、II、III、IVまで四段階に分けられる。グレードIIIになると、脱臼が常態化している段階で、グレードIVになると、筋肉や靭帯の委縮が起こり、大腿骨や脛骨などの骨が変形している段階だ。痛みが強ければ、変形性の膝関節炎が進行している。
 治療法は、症状の進行によって、複雑さ、困難さが増してくる。症状が軽いうちに発見できれば、同じ外科治療でも、比較的簡単な手術で脱臼を防ぐことができる。例えば、膝蓋骨が大腿骨下端部の溝を飛び出しやすいだけなら、その溝を深く削ったり、溝の内側壁にステンレス板を補強して「お皿」が飛び出さないようにしたり、ネジを打って大腿四頭筋が内側へ移動しないように固定したり、という手術方法がある。
 (内方)脱臼が常態化しているのなら、筋肉や靭帯の伸びている部分を縮め、縮んだ部分を伸ばす。また、脛骨のねじれによって、ひざの内側に引っ張られている(膝蓋骨を脛骨に付着する)膝蓋靭帯の付着点を移動させて、大腿四頭筋・膝蓋骨・膝蓋靭帯のつながりを真っすぐに矯正する必要がある。骨や関節の変形があれば、それを治すために、整形手術を施さなければならない。
 治療の最大のポイントは、いかに早く症状を発見できるかである。目立った症状がないうちに発見できれば、外科手術をせず、理学的な運動療法で、膝関節を支持する筋肉や靭帯を鍛えることで病気を克服できる場合もある。
 また、せっかく外科手術で膝蓋骨(内方)脱臼を治療しても、手術後の自宅管理が不十分だと、治らないばかりか、ひどくなることにもなりかねない。手術後一週間から十日して抜糸すれば、愛犬は退院して自宅療養となるが、それは、人間ならば「集中治療室」から「一般病棟」へ移った段階にしかすぎない。だから、「退院」後、一、二か月間は自宅で安静状態を保ち、患部に負担が大きくかかる動き(ジャンプや急な回転など)をさせないよう、術後管理とリハビリをしっかりしなければならない。なお、膝蓋骨(内方)脱臼になりやすい犬は、両方の膝関節とも発症する可能性が高い。外科治療をするなら、両方を行うことが最善だ。

【予防】
子犬の時から、自宅や動物病院でチェックし、無理な動作を避ける
  膝蓋骨(内方)脱臼になりやすい犬種と暮らすのなら、子犬期の検診やワクチン接種などの通院時に、膝関節の状態をよくチェックしてもらい、明らかな症状が出始める前に、病気の素因、すなわち股関節、大腿骨、脛骨の関係が正常であるかどうかを確認しておくことが大切だ。もっとも、動物病院では、愛犬が緊張して膝関節が締まり、膝蓋骨のぐらつきが発見できないこともある。自宅で、愛犬がリラックスした状態の時、ひざの上に抱いて足を伸ばさせ、そっと膝蓋骨を左右に動かしてみて、ぐらぐらするか、脱臼するかチェックしてみるのもいいだろう。
 また、子犬の時から、愛犬がいすやソファに飛び乗ったり飛び降りたりする習慣をつけないこと。体をひねってジャンプしたりすれば、膝関節がねじれて、脱臼しやすくなる。あるいは散歩時、愛犬が急に向きを変えて走り出したりしないように、常に飼い主の横について歩く訓練をしておくことが大切である。

*この記事は、2003年9月20日発行のものです。

監修/澤動物病院 神奈川動物医療センター 院長 澤 邦彦
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