ダニに苦しむ
愛犬が草むらにひそむマダニに取りつかれると、たっぷりと血を吸われるばかりではない。
運が悪ければ、ひどい貧血を起こす「バベシア」症にかかることもある。

マダニはいかに犬に取りつくか

illustration:奈路道程
 暖かくなると、犬・ネコともに苦労するのが、からだに取りついて吸血するダニ・ノミのたぐいである。ダニやノミに取りつかれ、血を吸われると、まことにかゆく、腹立たしい。そのうえ、命にかかわる病原虫や病原菌に侵されたり、ひどいアレルギー性皮膚炎をわずらったり、ろくなことがない。
 たとえば、犬にひどい貧血を起こさせ、ついに死に至らしめる「バベシア」という原虫を媒介する、「マダニ」といわれる一群のダニたちがいる。一口にダニといっても、地球上には非常にたくさんの種類があり、そのなかの「マダニ」の仲間も数多いが、とりあえず、「マダニ」という名前ぐらいを覚えていただければ十分だ。
 「バベシア」についての話をする前に、「マダニ」の生態と、犬・ネコとのかかわりについてふれよう。
 マダニたちは、ふつう、野原や山、あるいは家の庭や公園や道路脇など、草木の茂るところならほとんどどんなところにもいて、卵から幼ダニ、若ダニ、成ダニと成長する。彼らは、草木の葉裏などに身をひそめ、犬やネコなどの動物がそばを通ると、毛皮の表面に取りつく。二、三日、動物の毛皮の表面でモゾモゾしていたマダニたちは、徐々に毛のなかにもぐりこみ、丈夫なアゴ(口器)で皮膚を切り込んで、唾液腺からセメント物質の液体を出して、アゴをしっかりと固定する。そのあと、毛細血管を切りさき、毛細血管からしみ出た血液の血溜まりから血を吸う。
 いったん、血を吸いはじめると、何日も吸い続け、元は小さかったマダニが三十倍にも大きくなるという。からだいっぱい血を吸ったマダニは、やがて犬やネコのからだを離れ、近くの草むらなどで卵を産む(家のなかで産卵するケースもある)。ノミと違って、マダニは、血を吸うあいだだけ、動物に寄生するわけである。

ひどい貧血を起こす「バベシア」症
   問題は、マダニがせっせと犬の血を吸っているときに起こる。マダニの胃に寄生する「バベシア」という原虫が、唾液とともに犬の体内に入り、血管内に侵入。増殖しながら、次々に「赤血球」に取りついていく。
 ご存じのように、私たち動物のからだは、体内に侵入した異物(病原菌や有毒素など)を退治する「免疫」機能によって守られている。血管内にバベシアが侵入したら、血中のマクロファージ(大食細胞)がそれに取りついてやっつける。しかし、バベシアは赤血球にくっついているから、マクロファージは赤血球ごと食べてしまう。そのため、バベシアが多ければ多いほど、血中の赤血球もたくさん破壊される。それが「貧血」である。
 赤血球には、肺で取り込んだ酸素をからだ中の細胞に運ぶ役割をするヘモグロビンがふくまれている。酸素は、細胞が栄養となるグリコーゲンなどを分解するのに必要不可欠な物質だ。だから、貧血になれば、からだ中の細胞が栄養不足になる。バベシアが増殖すればするだけ、血中の赤血球がこわされて、貧血がひどくなる。そうなれば、いままで飛び跳ねていた愛犬も、元気がなくなり、食欲も落ちて、階段の登り降りもきつくなり、ついに立ち上がることさえできなくなる。適切な治療をしなければ、衰弱死してまうのである。
 この「バベシア」症はかつて九州・中国西部でさかんだったが、現在、近畿地方に中心が移り、さらに東進して、関東地方や東北地方にも症例が現れるようになった。近畿では、ことに六甲山系や生駒山系でめだつという。たとえば、山尾獣医科病院での症例では、近くの丘陵地帯に新たな住宅地などが造成されたりすると、その周辺で、しばらくバベシア症にかかる犬たちが急増することがある。ダニの生活環境が破壊され、ダニたちが大移動したのか、子孫を大量に増やしたためか、正確な理由は定かではないが、自然環境の破壊と病気の流行には、なんらかの因果関係があるとも考えられるだろう。なお、ネコはダニに血を吸われても、バベシア症にはならない。

バベシア症の治療と予防
   現在、日本で起こるバベシア症には、まだワクチンはない。治療薬はあるが、海外で生産されていた、ある有効な薬剤が公害問題で昨年製造中止になり、各動物病院では、これまでのストックと他の薬剤の併用で治療をおこなっている状態だ。愛犬が急に元気がなくなったり、オシッコが赤くなったり、黄色くなったりすれば(破壊された赤血球の血色素のため)、できるだけはやく(愛犬の体力が残っているうちに)かかりつけの動物病院で検査・治療してもらうことが大切だ。
 とくに、バベシア症のめだつ地域では、あまり山野に愛犬を連れて行かないこと。また、外で遊んだあとは、よくブラッシングして、体表に付着したかもしれないマダニたちを取り除くこと。春から夏のシーズン中、定期的に首筋に殺虫薬を滴下して、取りついたダニやノミを駆除する方法もある。なお、愛犬に取りつくマダニを見つけ、無理にはがそうとすると、しっかりと食いついた頭だけ残ることがある。ゆっくりと、前後に動かしながら、そっと取り除いていただきたい(マダニをつぶすと、病原菌に感染することもある)。
 なお、ノミについては、ネコのページでくわしく述べるが、犬の場合、ノミのせいで起こるアレルギー性皮膚炎をわずらうケースが多い。もちろん、ノミが大量発生すれば、なりやすいが、アレルギー体質の犬やネコなら、わずか一、二匹のノミの唾液や脱皮した抜け殻などが引き金になって、アレルギー症状をしめすこともある。

*この記事は、2001年5月15日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 獣医師 長村 徹
大阪市阿倍野区丸山通1丁目6の1 TEL 06-6661-5407
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