フィラリア
蚊の一刺しが愛犬を地獄の苦しみに落とし込む
動物病院で、フィラリアが何匹もからみついた標本に不気味な思いを抱いた人は多いだろう。
春になったといって喜んでばかりはいられない。すぐに初夏が来て、暑くなり、蚊の飛び回る季節になる。
予防薬が普及してきたが、まだまだフィラリアに苦しみ、命を落とす愛犬も少なくない。
監修/藤井寺動物病院 院長 是枝 哲世

フィラリアは脱皮しながら心臓をめざす

イラスト
illustration:奈路道程

体長20〜30cmのフィラリアの標本。後ろの地図で、茶色の部分がフィラリアの発病地域。
標本

 フィラリアは世界を股にかける病原虫である。アジアでは、日本列島から東南アジア、インドにかけて。ヨーロッパでは地中海周辺。アフリカや南北アメリカでは沿岸地帯を中心に。熱帯から亜熱帯、温帯地方にかけて広く分布する。いわば、蚊と犬のいるところならどこにでも発生する。
 フィラリアの第一期仔虫(ミクロフィラリア)は体長が約250ミクロンで、多ければ、犬の血液1cc中に何十、何百とうごめいている。蚊がそんな犬の血を吸えば、ミクロフィラリアはあっという間に蚊の体内に入り込む。そこで彼らは2度脱皮して第三期仔虫(感染仔虫)となり、獲物の犬を狙うのである(ただし、外気温が17度以下だと脱皮できない)。
 中間宿主の蚊が犬の血を吸い終わり、満腹すると、血を吸う管の側にある唾液の管の出口で待機していた感染仔虫が唾液とともに押し出され、犬の体に軟着陸。蚊が飛び立つとすぐに、蚊の刺した穴から侵入する。
 感染仔虫は3ヵ月の間に、新たな宿主となった犬の皮下や筋間で、新たに2度の脱皮を繰り返して第五期仔虫に成長し、血管のなかに入る。
 ちなみに感染後6ヵ月たてば、オスなら体長20cm、メスなら体長30cmほどの成虫になる。虫の数が少ない間は肺動脈内に寄生しているが、数が増えるにつれて心臓の右心室・右心房、そして大静脈へとあふれていく。
 肺動脈の滑らかな血管内面が傷ついて出血し、内腔がふさがっていくと、咳や呼吸困難、喀血などを引き起こす。また急激な血尿や黄疸をわずらうことも多い。まれに後肢の動脈に虫体がつまり、足先が壊疽したり、眼球内に入ったりすることがある。そうなると大変だ。血管内の虫は殺しても出口がない。やはり予防が第一である。

まだまだ多いフィラリアの駆け込み手術
犬の血液の中に潜むミクロフィラリア(画面下部の細長いもの)の顕微鏡写真。
顕微鏡写真
 予防薬が一般化するまで、フィラリアに侵されて苦しみ、死亡する犬がきわめて多かった。現在でも、愛犬がゼイゼイ咳き込むとかで異常に気づいた飼い主が、あわてて病院にかつぎ込むケースも少なくない。
 かつては肋間を切開し、心臓に小さな穴を開けて虫を取り出す手術だけだったが、近年は超音波(エコー)を心臓にあててフィラリアの有無を確認し、首の静脈から器具を入れて、レントゲンを見ながら心臓内や肺動脈内に集まる数十匹の虫を取り出したりする。多ければ、300匹を超えるフィラリアを摘出する場合もある。これらの手術で70%前後の犬が一命をとりとめる。
 たとえ室内で飼っている犬でも、蚊にくわれることもある。蚊の出始めの初夏から、蚊を見なくなったあと2ヵ月後の初冬までは、きちんと予防薬を飲ませ続けることが大事である。
 なお、犬フィラリアは、ネコもかかる。これまでネコのフィラリア症が過小評価されていたが、犬フィラリア症の多い地域では6〜8%のネコが罹患する。屋外に散歩する習慣のあるネコなら、面倒くさがらずに薬をあげたほうがいい。もっとも人間への影響はほとんどない(ごく稀に、免疫機能の極端に低下した人がかかるケースもある)。
 ところで、予防薬の副作用については、まず心配がない。予防薬の毒性は弱く、フィラリアの予防量の20倍で、犬の皮膚に取りつくダニが死ぬ程度といわれている。ただし、コリーやシェットランド・シープドッグなど一部の犬種では、脳脊髄液のなかに薬が入りやすいため、規定量以上に投与すべきではない。また薬剤の安全性は高いが、ミクロフィラリア陽性犬に限ってショックを起こすことがある。ひと夏を過ごしたことのある犬は、投与前に必ず血液検査を受けるべきだ。

予防薬と一緒に防蚊対策も忘れずに
   予防薬には、月に1度投与する薬と毎日飲ませる薬がある。投薬量は体重によって変化するから、とくに成長段階の幼犬は毎月、きちんと体重を計っておくことが必要だ。また、薬の形態では、粉末・錠剤・固型タイプがある。なかには、同時に回虫を駆除するものも開発されている。
 なお、犬は無理に薬を飲ませると、飼い主が気づかない間に吐き出したりするケースもあるので、投薬後、ほんとうに飲み込んだかどうかを確認しておけば、万全である。
 興味あることにミクロフィラリアは、日中は体内の奥にいることが多く、夜になると、体表近くの血管への出現率が高まる。蚊の唾液を注射すると、さらに出現率が高まるという。蚊の多い地域では感染率が倍加するはずだ。検査の場合は、夕方や夜間に採血したほうが精度が高いだろうが、1cc採血できれば昼間でも陽性・陰性の判定には問題はない。
 ついでに言えば、予防薬を飲ませているからといって、防蚊対策が不要というわけではない。ことに庭先で暮らす犬は、夏場、毎日、夕方から夜中にかけて、無数の蚊に攻められ通しである。犬も蚊が大の苦手である。犬用蚊取り線香や電気蚊取り、または蚊の嫌がる電球を照らして、蚊の来襲から愛犬を守ってあげたいものだ。

*この記事は、1995年3月15日発行のものです。

●藤井寺動物病院
 大阪府藤井寺市御船町1-35
 Tel (0729)54-5630
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