フィラリア(犬糸状虫)症

【症状】
散歩のとき、愛犬が変な咳をしたり、途中で呼吸が荒くなったりすれば…

イラスト
illustration:奈路道程

 

 たとえば、散歩に出かけると、愛犬が、カン、カンと、咳き込むことが多くなった。そのうちに、散歩の途中で呼吸が荒くなり、休息する回数が増えてきた。肺が悪いのか、あるいは心臓か…。そんなとき、もし、フィラリア症の予防薬を毎年、月に一度、きちんと飲ませつづけていないのなら、フィラリア(犬糸状虫)症の可能性がある。動物病院で、よく検査してもらったほうがいい。
 フィラリアは、よく知られるように、成虫になると、メスなら十五〜二十センチ、あるいはそれ以上にもなる、いわばソウメン状の寄生虫である。蚊(中間宿主)を媒介してとくに犬(終宿主)によく寄生するため、「犬糸状虫」と呼ばれるが、タヌキやオオカミなどの犬科動物ばかりでなく、猫やフェレットなどにも寄生する。成虫になると、静脈をつたって心臓に至り、多ければ、何十匹も右心室や、肺に通じる肺動脈をすみかとして肺動脈や心臓に悪影響を及ぼし、放置すれば、一命をうばう結果になりかねない。
 現在、日本では、シーズン中の予防薬の定期服用が一般化したことや、下水道の普及、田んぼやため池の減少などが重なって、フィラリア症の被害は、以前に比べてかなり減少した(そのため、犬の寿命も大幅に延びた)。しかし、都市域以外の地方では、危険性の高い寄生虫感染症であることに変わりはない。

【原因とメカニズム】
感染犬→蚊→未&既感染犬→皮下→血管→心臓&肺動脈
   感染の仕組みを簡単に述べると、フィラリアに感染した犬の心臓や肺動脈に寄生する親虫が産んだ仔虫(ミクロフィラリア)の混じる血を吸った蚊の体内に入った仔虫は、一〜二週間のあいだに、脱皮をして感染能力を持つようになる。その後、その蚊がどこかの犬の血を吸うと、仔虫は蚊の唾液管から犬の表皮に取り付き、吸い孔から犬の皮下にもぐりこむ。そこで三か月ほどのあいだに、脱皮をくり返して成長し、今度は血管のなかに侵入。静脈をつたって、心臓に到着し、感染後半年たてば、立派な成虫(親虫)となって、右心室や肺動脈付近に定住生活を始める。寿命は五、六年と言われるが、予防薬を定期服用していないと、毎年、新たに感染したフィラリアが加わって、年ごとにその数を増やしていく。
 そうなれば慢性症状となり、自然死した親虫の死体で肺動脈の先端に目詰まりしたり、肺動脈の血管が硬化して、肺動脈内の血圧が上昇していく。肺動脈の血圧が高いと、そこに血液を送り出す心臓(右心室)への負荷が大きくなり、血流も悪くなる。歳月とともに肺も心臓もともに機能障害がひどくなり、ついには肺動脈塞栓症で呼吸できなくなったり、右心不全で心臓の働きが止まってしまいかねない。あるいは、静脈の血液を心臓が送れないために、その手前の肝臓に余分な血がたまって、肝機能が低下。肝硬変の引き金になる。
 フィラリア症には以上のような慢性症状が多いが、なかには、寄生する親虫の数が多かったり、心臓の小さい小型犬などの場合、右心房(大静脈からの血液を受けとる部屋)と右心室(肺動脈に血液を送り出す部屋)とのあいだの三尖弁に長い親虫がからみ、弁が閉じない急性症状(三尖弁閉鎖不全症)を引き起こすこともある。こうなれば、逆流した血液同士が心臓の右心系内でぶつかり、血液がこわれ(溶血=貧血)、血尿が出て、一大事である。

【治療】
急性症状は外科手術、慢性症状は駆虫剤や予防薬の投与
   先に記したような慢性症状と急性症状によって、フィラリア症の治療法は異なっている。心臓の三尖弁が閉じない急性症状の場合、一刻も早く、その弁にからみついた親虫を取り除かなければ大変だ。犬の首筋の静脈から細長い器具を入れて、一匹ずつはさみ出していく外科手術をしなければならない。
 一方、何年にもわたり、親虫が心臓や肺動脈内で増えてきた慢性症状の場合、かつては、強力な駆虫剤を投与するのが一般的だった。しかし、それだと、たくさんの親虫が一斉に駆除されて肺動脈を詰まらせ、肺機能が停止して命にかかわるケースも少なくなかった。そこで、近年では強力な駆虫剤の量を減らし、何回かに分けて投与して、少しずつ親虫を退治する方法が採用されている。
 さらに、最近、フィラリア予防薬が親虫の駆除に役立つ臨床事例が、温暖で年中、フィラリア感染する沖縄で見つかった。フィラリア症の犬に、毎月、欠かさず、予防薬を投与しつづけた結果、体内に入った仔虫ばかりでなく、心臓や肺動脈に暮らす親虫たちも少しずつ退治されていき、肺機能の大きな障害もなく、治癒していった。たとえ、それまで愛犬に予防薬を飲ませることが不徹底で、万一、フィラリア症になったとしても、年中、根気よく、毎月、予防薬を飲ませつづけることによって、フィラリア症を克服する方法が知られるようになったのである。 

【予防】
毎年、蚊の活動開始期の一か月後から活動停止期の一か月後まで、予防薬を投与
   フィラリア症の予防は、あらためて言うまでもなく、愛犬に予防薬を必要な期間、毎月、根気よく飲ませつづけることである(正確には、感染予防ではなく、仔虫の早期駆除であるため、予防薬の投与は、蚊の活動開始期の一か月後から活動停止期の一か月後まで必要だ)。
 今年から、月に一度、犬の首筋にスポット・オンタイプで投薬する(ノミ駆除も兼ねる)予防薬も利用できるようになった。これなら、愛犬がいったん口に入れた予防薬を吐き出してしまい、予防効果がなくなる、といったケースも防ぐことができる(一度注射すれば半年間予防効果のある予防薬もあるが、なかには、注射後、犬がショック状態になる副作用も報告されている)。
 なお、犬以外の、猫やフェレットなどについていえば、感染の確率は低くても、心臓が小さく、親虫がわずか数匹寄生していても命にかかわりかねないため、犬同様に毎月、予防薬を与えたほうが賢明かもしれない。

*この記事は、2003年4月20日発行のものです。

監修 茶屋ヶ坂動物病院 院長 金本 勇
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