食べた物を吐き出す
食道の異常などで起こる「食道拡張症」
愛犬が食べた物をすぐに吐き出してしまう。
その内容物の多くが筒状の物なら、食べた物が食道を通過できない「食道拡張症」の可能性も疑ってほしい。
特に離乳期以後に症状が悪化するため、愛犬が頻繁に吐くようなら動物病院で一度検診を。

【症状】
すぐに食べた物を吐き出す。栄養不良で育ちが悪い

イラスト
illustration:奈路道程

 愛犬が、食後ほどなく食べた物を吐き出すことがある。
 内容物に胃液が混ざり、撹拌、消化されつつあるのなら、間違いなく胃から戻されたものである(胃から戻すことを「嘔吐」という)。一方、内容物が唾液に覆われた筒状の物なら、食べた物が食道を通過中に吐き戻されたものである(主に食道から戻すことを「吐出」という)。
 そんな吐出にかかわる病気の一つが「食道拡張症」である。食道は喉と胃をつなぐ単なるチューブではなく、腸管同様に、食道の筋肉が収縮と弛緩を繰り返して、食べた物を順に胃の方向に送り出す「蠕動運動」を行っている。しかし、何らかの要因で蠕動運動ができなかったり、食道の途中が圧迫されて広がらなかったりすれば、食べた物は食道中に滞留し、その部位がまるで胃袋のように膨らんでしまう。食べた物が詰まれば、体は外に排出しようとして吐出する。いつも胃に食べた物が入らなければ、犬は栄養不良で衰弱していく。
 また、食べた物を吐出する時、内容物が誤って気管のほうに入れば、気管や肺が障害を受け、気管支炎や肺炎を起こしやすくなる。そのような「誤嚥性肺炎」になれば、より状態が悪化し、ついには亡くなることもある。
 

【原因とメカニズム】
先天性・後天性疾患による食道の機能障害と通過障害
   食道拡張症には、大きく「先天性」と「後天性」疾患がある。

先天性疾患(1) 巨大食道症(アカラジア)
 はっきりとした原因は不明だが、生まれつき食道の機能障害があって、蠕動運動を行う(食べ物をうまく胃に送り込む)ことができず(筋肉を動かす神経の異常によるとも、筋肉自体の異常によるとも言われるが確証はない)、食道全体が拡張しやすい病気なので、「巨大食道症」、あるいは「アカラジア(無弛緩症)」とも呼ばれている。
 誕生後、授乳期の間は母乳を飲み下すだけなのでそれほど問題はない。しかし、子犬は離乳期以降、食べ物を胃で消化できず、栄養が足りずに発育不良になる。この巨大食道症は、M・ダックスやシュナウザー、コーギー、シェパードなどの品種によくみられる。

先天性疾患(2) 血管輪の異常
 食道自体に問題がなくても、食道の周りに、本来は生後消失しているはずの血管(右大動脈弓)が残って食道を圧迫する(血管輪の異常)ことがある。その結果、食べた物が食道を通過できず、食道内に滞ることで食道が拡張してしまう食道拡張症もある。
 胎内での発育中、胎仔(児)の心臓には右と左の大動脈系が形成され、その後、通常は右大動脈系が消失して、左大動脈系が終生の大動脈となっていく。ところが、その逆に右の動脈系が残ってしまうケースがある(「右大動脈弓遺残症」という)。この右大動脈弓はリング状に食道を取り巻くため、離乳期以降、固形の食べ物がこの「血管輪」によって狭くなった食道を抜けることができないわけである。

後天性疾患
 食道拡張症のほとんどの症例は前述の先天性疾患だが、稀に後天性のものもある。例えば、体の成長や代謝を促進する甲状腺ホルモンの分泌機能が低下する「甲状腺機能低下症」などでも、食道の働きが障害されて食道拡張症になりかねない。


【治療】
給餌方法の工夫や外科手術など
   最初にバリウム検査をして、食道がいかに拡張しているのかを調べることが大切だ。

先天性疾患(1) 巨大食道症の場合
 食道全体が拡張している「先天性疾患(1)巨大食道症」の場合、原因不明で有効な治療方法はないと言っても過言ではない。しかし放置すれば、栄養不良で衰弱死するか、重い肺炎にかかる可能性が高い。それを避けるため、通常、四つんばいで下を向いて食事をする犬を、後肢2本で立たせて(立位)食事させる。さらに、食後しばらくは立たせた状態(小型犬なら抱き上げる)を保ち、食道が働かなくても、重力作用によって食べた物が自然に胃のほうに落ちていくのを待つ食事介助を行う。
 あるいは、麻酔下で胃にチューブを挿入して、チューブから直接食事を胃に流し込む栄養補給法もある。ただし、これは生涯続けるわけにはいかない。

先天性疾患(2) 血管輪の異常の場合
 食道を圧迫する血管の前方だけが拡張する「先天性疾患(2)血管輪の異常」の場合、その血管輪を切除し、また、食道の狭窄部位にバルーンを入れてそこを広げる外科手術を行い、食道の通過障害を解消する。なお、手術は胸開を行い、食道を圧迫している血管輪を切除しなければならないため、ある程度の専門の技術と経験が必要とされる。

後天性疾患の場合
 後天性の「甲状腺機能低下症」の場合、不足する甲状腺ホルモンを補給するホルモン剤を投与していく。


【予防】
離乳期の子犬に注意して、早期発見・早期治療を!
 
 先天性疾患の場合、予防は不可能である。なるべく症状の初期、早期に発見し、栄養不良や肺炎など、命にかかわる症状に陥る前に適切な食事介助や外科手術を行うことである。特に症状が悪化するのは離乳期以後のため、その時期の子犬がよく吐き、発育が悪ければ、念のため動物病院で検診を受けることが大切だ。

*この記事は、2006年2月20日発行のものです。

監修/千村どうぶつ病院 院長 千村 収一


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