椎間板ヘルニア
ギックリ腰などで、背筋にピリピリと激痛が走った経験のある人も少なくないはずだ。
椎間板ヘルニアは、大ざっぱに言えば、背骨の老化とともにひどくなる。
犬たちにとっても同様である。放っておけば、神経がマヒして半身不随となる怖い病いである。
監修/岸上獣医科病院 副院長 岸上 義弘

柔軟な椎間板が老化していくと…
イラスト
illustration:奈路道程
 背骨(医学的には脊柱、あるいは脊椎という)はたくさんの椎骨(ついこつ)が椎間板(ついかんばん)によってつながれている。いわば蝶番(ちょうつがい)のような、柔軟性に富んだものが「椎間板」である。その椎間板が年とともに石灰化して固くなり、外に突出したり、椎間板内部のゼリー状の髄核(ずいかく)が外に噴出してシコリとなった症状が「椎間板ヘルニア」である。
 厄介なことに、背骨の上には、脳から発する電気信号を伝える神経細胞(脊髄)が詰まった脊椎管がある。その脊椎管内の脊髄を圧迫して、神経マヒを起こすのである。脊髄への圧迫がひどくなれば、神経細胞は「死んで」しまう。そうなればマヒは生涯治らない。本来、野山を駆け回り、都会で人間と暮らしても、散歩を最大の喜びとする犬たちにとって、考えるだに寒気のする病気が椎間板ヘルニアなのである。

障害の前兆をいちはやく見つける
   事故や怪我で突然症状がひどくなる以外、ほとんどの犬では障害は徐々に進行する。
 散歩のとき、ときどき足がもつれる。あるいは、大股で歩いていた愛犬がこのごろ小股で歩くようになった。抱こうとすると、痛がったり、嫌がったりする。ひどい場合は、人が近づくだけで怒り出す。そんなときは「椎間板ヘルニア」の恐れが大きい。
 早く見つけて、背骨の上に飛び出した部分を取り除かなければならない。
 しかし脊椎と椎間板は、頭からお尻までたくさんあり、どこが悪いかを見つけるのがひと苦労である。もちろん、症状によって、ある程度、場所の推測はつく。例えば、前足と後足がマヒするなら、頚部。後足だけなら、背中から腰にかけて。もっとも、正確にどの椎間板が悪いのか、あるいは何カ所悪くなっているのかは、レントゲン撮影をしてみないとわからない。
 しかしレントゲン撮影は、放射線が管球から(その名の通り)放射状に出るため、真下の脊椎部分なら、椎間板の状態がよく写るが、それ以外は放射線が斜めに入って椎間板の状態がよく写らない。そのため正確な診断を下すには何枚ものレントゲン写真を撮らなければならなかった(放射線の浴びすぎが体によくないことは言うまでもない)。
 また正確な診断を下すために、脊髄に造影剤を注入して撮影する方法もあるが、そのためには全身麻酔をせねばならず、また脊髄の圧力が過度に高まると脳への障害が起きやすく、大変な診断作業となっている。

脊髄への圧迫を取り除く
タマネギ中毒の血液
顕微鏡写真
 ところが、最近、レントゲンの「曲面撮影法」が発明されて、動物の(もちろん人間も)脊椎のレントゲン診断を正確に、それも撮影枚数を少なく行えるようになった。これは、放射線の放射角度に合わせて撮影台とレントゲンフィルムを曲げた装置を活用した撮影法である。この方法により、脊椎のパノラマ撮影も可能になり、最少枚数のレントゲン写真で椎間板の状態を的確に診断することができるようになったのである。
 レントゲン撮影法の話が長くなったが、そんなわけで、まず何よりも、どの「椎間板」に障害があるのかを明らかにする必要がある。部位が特定できれば、脊椎上に突出した部分を取り除き、脊髄への圧迫を解消する。しかし手術する部位は、神経の束ともいえる脊髄の真下にあり、脊髄を傷める危険性も少なくない。また術後の回復も時間がかかり、犬の負担もかなり大きい。そのため、近年は、切除手術をせず、脊椎の横から注射針を椎間板に差し込み、内部にタンパク質分解酵素を注入して突出部をへこます治療法も普及しつつある。
 いずれにせよ、体がマヒするまで放置していれば、治療も困難になるし、完治させることもむずかしくなる。飼い主は愛犬のしぐさや歩き方の変化に注意して、初期の段階で診断・治療できるように心がけるべきである。
 なお、椎間板ヘルニアの症状は、「冷やす」と悪化する。夏なら、室内犬の場合、冷房に要注意。冬なら、室外犬の場合、冷気や寒気、寒風から犬と犬小屋を守ってあげること。また室内犬でも、人間が眠りについたあとの夜間、暖房マットなどの配慮をしてあげることが大切だ。
 とにかく、椎間板ヘルニアは、重力に反して2足歩行を始めた人類の専売特許ではない。ほ乳類はじめ脊椎動物すべての潜在的な病いである。

*この記事は、1997年7月15日発行のものです。

●岸上獣医科病院
 大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
 Tel (06)661-5407
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