後ろ足を上げたり、引きずったりする
肥満も「前十字靭帯断裂」発症の原因に!
「前十字靭帯」とは、大腿骨と脛骨をつなぐ靭帯のひとつ。
過激な運動や肥満、膝関節の構造の問題などが原因で切れることがあるが、
痛みが引くといつものように歩いたりし始めるので、異常を見過ごすことが多い。

【症状】
膝関節がぐらつき、脛骨が前方に、大腿骨が後方にずれ、半月板を損傷する

イラスト
illustration:奈路道程

 膝関節には、大腿骨と脛骨とをつなぐ「靭帯」がたくさんある。
 そのうち、大腿骨と脛骨が接する真ん中に(横から見て)十字状(たすきがけ)に架かっているのが「十字靭帯」で、大腿骨の後部と脛骨の前部をつなぐのは「前十字靭帯」。大腿骨の前部と脛骨の後部をつなぐのは「後十字靭帯」という。
 「前」「後」の十字靭帯を比べると、「前」のほうが幅が狭くて切れやすく、何かの要因でまず部分的に切れ始め、それが少しずつ拡大して、ついには完全に切れてしまう。特に犬の場合、中高年期の5歳前後に、このような「前十字靭帯断裂」になることが少なくない。
 最初、前十字靭帯が部分断裂を起こすと、痛みが走って、犬は歩きづらそうに、後ろ足を上げたり引きずったりする。しかし、そのうちに痛みが引くと、いつものように歩いたり、走ったりし始める。そのため、飼い主が、「あれ、どこか悪いのかな」と思っていても、軽いねん挫か何かだろうと判断し、そのまま見過ごすケースが多い。その後、しばらくして、前十字靭帯が完全に切れると、歩こうとすれば、ひざがぐらつき、脛骨が前方に、大腿骨が後方にずれ、そのまま放置すれば、大腿骨と脛骨のクッションとなっている「半月板」が損傷し、激しい痛みを引き起こす。また、膝関節がひどい関節炎を起こし、がたがたになりかねない。

【原因とメカニズム】
犬の膝関節の構造と十字靭帯の劣化促進の諸要因
 
 なぜ、前十字靭帯が切れるのか。
 その要因として、これまで様々なものが挙げられてきた。
 例えば、「過激な運動によって切れる」、「肥満によって、いつもひざに大きな負荷がかかっているために切れやすくなる」、「靭帯が老齢性の変化を起こしてもろくなる」、「リウマチや関節炎などの免疫介在性疾患によって切れやすくなる」、「遺伝的な要因で、特定の犬種(ダックスフンドやビーグル、ラブやゴールデンなどのレトリーバー種、ロットワイラーなど)が切れやすい」などである。
 それらに加えて、近年注目されているのは、「犬の膝関節の構造の問題」である。
 これは、どういうことか。例えば人間の場合、直立二足歩行のため、大腿骨を支える脛骨はほぼ垂直に立つ。また、大腿骨の底部は丸く、脛骨の上部はほぼ平らなため、通常、地面に対して平行する脛骨の上部に丸い大腿骨が載っていて、過激な運動をしない限り、十字靭帯にあまり負荷がかからない。
 一方、犬の場合、四足歩行のため、膝関節は常に「くの字」状態になっていて、たとえ立っているだけでも、絶えず、大腿骨と脛骨をつなぐ十字靭帯に負荷がかかるため、ある程度の年齢(5歳前後)になれば、劣化しやすくなっている(そのうえ、前十字靭帯のほうが、後十字靭帯より幅が狭く、切れやすい)。実際、劣化は左右両方、確実に進行するため、片方の前十字靭帯が断裂した犬は、半年後か1年後にもう一方の前十字靭帯が断裂することも少なくない。
 なお、実際の症例を検討すると、もちろん過激な運動によって前十字靭帯断裂になるケースもあるが、特に目立つのは肥満した犬のケースである。過剰な体重が、膝関節に大きな負担になっているといえるだろう。



【治療】
体重や運動量、症状によって、「保存療法」か「外科手術」を選択
 
 治療法には、大きく「保存療法」と「外科手術」がある。
 例えば、体重が5kg以下の小型犬の場合、前十字靭帯が断裂しても、その多くが保存療法で症状が治まり、外科的な処置が必要なケースは少ない。
 体重が5kg〜15kgぐらいの犬の場合、保存療法と外科手術の割合は半々程度。もちろん、個々の症状、犬の肥満度や運動量を検討する必要がある。
 体重が16kgを超える犬の場合、その多くに外科手術が必要となる。
 体重が軽い犬の場合、前十字靭帯が断裂しても、しばらく安静にしていれば、膝関節に起こった炎症が治まると、関節包(関節を保護する膜組織)が硬くなって、十字靭帯の代わりに大腿骨と脛骨を固定。歩いたり、走ったりしてもほとんど問題なくなる。これが保存療法である。
 一方、外科手術には色々な方法がある。
 例えば、膝関節の外側にあって、大腿骨と脛骨をつなぐ「外側側副靭帯」の一部を切除し、前十字靭帯の代わりにする手術がある。また、膝関節の外側に人工靭帯を固着し、大腿骨と脛骨をつなぐ人工靭帯手術もある。術後数か月すれば、人工靭帯がゆるんだり、切れたりするが、人工靭帯を入れた部分の関節包が硬化して、膝関節の安定性を確保する。
 さらに現在、欧米で広く実施され、近年国内でも採用され始めた手術法に「TPLO(脛骨高平部骨切り術)」がある。これは、まず脛骨の上部を半円形に切除し、脛骨上端部が地面に水平になるように、少し角度を変えて固定する手術である。この手術を行うと、脛骨の上に大腿骨が安定して載っかるため、術後、大型犬が以前同様の激しい運動をしてもほとんど問題がないほどの回復ぶりを示すなど、好成績を挙げている。



【予防】
肥満防止が何よりも大切
 
 先に述べたが、犬の十字靭帯は、犬の膝関節の構造の問題があるため、年を重ねれば、日ごろの負荷が蓄積して劣化が進むものと考えられる。その時、特に十字靭帯の劣化を促進するのが「肥満」である。
 太り過ぎれば、膝関節や靭帯への負荷が増え、運動しづらくなる。無理に運動すれば、さらに靭帯の負荷が増し、劣化が進みやすく、切れやすくなる。子犬の時から適切な食事管理と運動によって肥満を防止し、健康な体を維持することが大切である。
 また、ダックスフンドやビーグル、ラブやゴールデンなどのレトリーバー種、ロットワイラーなどの犬種では、遺伝的に十字靭帯が劣化しやすいと考えられるが、現実問題として、それらの犬種の犬で、どの個体、どの系統が遺伝的な問題を潜ませているのか、確かめることは難しい。万一、そのような遺伝的な問題で前十字靭帯断裂を起こしても、保存療法や外科手術によって、ほとんど日常生活に支障が出ないほどに回復する。あまり神経質にならず、楽しいドッグライフを味わい、発症したら、早めに治療すればいいだろう。

*この記事は、2007年6月20日発行のものです。

監修/ネオ・ベッツVRセンター 院長 川田 睦
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