肥満
愛犬の病気と若死は食べすぎ、肥えすぎに始まる
驚かすつもりはないが、犬にとって「肥満」ほどやっかいな病気はない。コロコロと太って元気だった犬の動きがだんだん鈍くなり、食べては寝て、寝ては食べて、の毎日になる。
やがて余分な栄養と体重の負担が内臓や骨を圧迫し、釘板の上をころがる風船のように、わずかのきっかけでとりかえしのつかない病気や怪我に襲われるのである。
監修/岸上獣医科病院 院長 岸上 正義

肥満への落とし穴

イラスト
illustration:奈路道程

 

 「肥満」の要因は、“安全・快適”な飼い犬生活そのもののなかにあふれている。
  犬の食事は成犬で1日1回が普通だが、同居する雑食型人間の生活空間には、ほかの動物には考えられないほど多量の食べものがある。それに飼い主は、愛犬の食欲をまるで愛情のバロメーターのように気にかける。おまけに「毎日、ドッグフードばかりじゃかわいそう」、という思いが心のどこかにひそんでいる。そんなわけで、つい、食卓を飾る肉や菓子を間食に食べさせる。1回が2回。2回が3回。あまりにおいしそうに食べるので、もう1回。愛犬が食べすぎて食欲不振になると、気をもんで、さらにもっとおいしい(高栄養の)食べものを口に押し込んでしまう。
 そんなふうに、犬の生育に必要な以上の、豪華な(栄養の偏った)食事がいつの間にか定着する。こうなると、発育ざかりの幼犬期を過ぎた犬にとっては、余分な栄養をひたすら体内に蓄積させていくしか道がない。現代人と同じく、慢性的な運動不足が体重増加に輪をかける。人間でいえば、現代人の宿命ともいえる成人病の始まりである。

心臓が胸いっぱいに肥大化する
正常時の心臓の大きさ。
レントゲン写真

肥満犬では、心臓が胸腔いっぱいに肥大している。

レントゲン写真
  体重60kgの人間が5kgや6kg肥えても、それほど問題ではないだろう。しかし成犬で5kgや10kg、あるいは20kg前後の犬が5,6kg増えるというのは苛酷な話である。犬の体は、それぞれの犬種の体格にふさわしい構造と機能を有している。それが犬本来の体重の1.2倍か1.5倍、ひどければ2倍の体を動かそうとすれば、内臓や骨格に大きな負担となる。
 まず、体内のすみずみに血液を供給する心臓がネをあげる。いままでの大きさでは出力不足のため、どんどん肥大化する。獣医師がそんな犬の胸に聴診器をあてると、ザーザーという苦しげな心臓の悲鳴が聞こえるという。そしてレントゲン写真をとると、だれもがぼうぜん、あぜん、がくぜんとする。胸腔いっぱいに肥大化した心臓が写っている場合が少なくないのである。
  とにかく、肥満して体にいいことは何もない。過度の体重を支えられなくて、骨格がきしみだし、もろくなる。股関節脱臼が日常化する。おまけにほんの少しジャンプしただけで足腰を骨折する。運動不足のうえに、運動不足が重なって、さらに肥満が進行する。塩分過多。糖分過多。脂肪過多…。過度の栄養が心臓や肝臓、膵臓や腎臓などをむしばんでいくわけだ。また、分泌異常で皮膚病や目の病気にもなりやすい。

皮下脂肪のなかは熱帯の暑さ
    肥満のこわさをもう少し書こう。
  犬の体は、人間と違って汗腺がない。そのため、ハーハーと口を通じて熱交換を行って、体温調整をしているわけだ。そんな犬たちが昨夏のような猛暑になると、お手上げになる。ことに、マグロのような皮下脂肪が体の周囲を取り巻いている肥満犬となれば、なおさらである。ぶ厚い脂肪の層が保温材となって、いくらハーハーと呼吸しても、体温が下がらない。結局、熱射病で病院にかつぎこまれる犬が多かったという。ひたすら体に水をかけ、肛門から直腸に水を入れて冷やさなければ助からない。熱射病は、命にかかわる病気のひとつである。
 もちろん犬だって自衛する。室内犬なら、すっとクーラーの下に涼みにゆく。でも肥満犬にとって、クーラーも危険である。体の外側がいくら冷えても、脂肪の多い体内が簡単に冷えないから、肥満犬はなかなかクーラーの下を動こうとしない。そして体内が冷えた頃には、表皮は冷えきってしまっている。だから、神経痛にかかる犬も少なくない。それに表皮の血液が心臓に集まり、心臓の負担がさらに増えることになる。

*この記事は、1995年1月15日発行のものです。

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