息切れや咳をする
蚊が媒介するフィラリア症
フィラリアは、心臓に寄生する寄生虫で、放置すると命にかかわる恐ろしい病気だ。
感染後の治療は大変になるので、何よりも「予防」が大切である。

【症状】
愛犬の元気がなくなり、息を切らせ、咳をしだす

イラスト
illustration:奈路道程

 愛犬が、年とともに元気がなくなり、散歩に出かけても、すぐに疲れてぐったりとしやすくなる。「年のせいか」と思っているうちに症状が重くなり、ぜいぜいと息を切らせたり、咳をしだし、息が詰まって気絶することもある。そんな場合、心臓と肺にかかわる病気が潜んでいることが少なくない。その一つが、犬糸状虫(フィラリア)という寄生虫が引き起こす「フィラリア症」である。
 蚊を媒介として犬に感染した犬糸状虫の幼虫は、脱皮を繰り返しながら成長する。やがて静脈から心臓に至り、そのほとんどが肺動脈の入り口付近に定住。毎年、感染を繰り返せば、寄生する親虫の数が増えていく。数の増えた、細長い親虫(メスで体長30センチ近く、オスで17、18センチほど)が群れると、肺動脈が詰まりやすくなる。
 また、寿命(四、五年といわれる)の尽きた親虫の死骸が刺激して、肺動脈の血管内壁を肥厚させる。さらに血栓もできやすく、肺動脈のあちこちが閉塞状況になり、血流も途絶えがちになる。
 心臓から肺に送られる血液は、不要な炭酸ガスを放出し、必要な酸素を取り入れて心臓に戻り、大動脈から全身の組織や細胞に送られる。その重要な肺動脈が機能しなくなれば大変だ。心臓は、何とか血液を右心室から肺動脈に送り出そうと無理をして、肺動脈高血圧症になる。時に、右心室が心不全を起こすこともある。あるいは、肺動脈に暮らす、犬糸状虫の親虫が増え過ぎると、はみ出した親虫が心臓に戻り、大静脈を逆流。肝臓に悪影響を与えて、肝不全を引き起こすこともある。
 フィラリア症は、年とともに症状が悪化し、最後は愛犬の命を奪う病気である。
 

【原因とメカニズム】
感染犬→蚊→未感染&感染犬→蚊→未感染&感染犬の連鎖で体内寄生が増加
 
 不思議なことに、犬糸状虫は、いったん蚊の体内で発育しないと、犬に感染することができない。その道筋はこうだ。
 犬の肺動脈に暮らす親虫たちが繁殖して、たくさんのミクロフィラリア(第一期幼虫)を産生する。ミクロフィラリアは血流に乗って移動し、皮下の血管から、血を吸った蚊の体内に移動する。そこで二度脱皮して第三期幼虫に育ち、蚊の唾液腺から出て吻(血を吸うストロー状の口)の周りに待機。蚊が犬の血を吸った直後、犬の皮膚表面に落下し、蚊の開けた穴から皮下に侵入する。以後、皮下組織や脂肪、筋肉組織などの間を移動しながら二度脱皮し(侵入後、約二か月)、第五期幼虫となる。この第五期幼虫が付近の静脈血管に侵入し、血流に乗って心臓(右心房)に至り、右心室から肺動脈に移動して成育、親虫となる。
 もちろん、犬の皮下に侵入後、犬の免疫システムに攻撃され、退治される幼虫も少なくないため、肺動脈に定住できる親虫はそれほど多くはないだろう。しかし、特に庭暮らしの愛犬は、毎年無数に感染の機会があり、予防せずに何年かたつと、肺動脈に親虫が何十匹も巣くっていないともかぎらない。実際、普段、健康だからと検査も予防もしていなかった愛犬が、ケガや病気をして動物病院に連れていかれ、検査をして、犬糸状虫の寄生が確認されるケースも少なくない。
 とにかく、息を切らせたり、咳をするなどの症状が出始めるのは、感染後何年かたち、寄生する親虫の数が増えてからなのである。
 なお、犬糸状虫は犬のほか、猫やフェレット、熊、アライグマ、アザラシなどにも寄生し、まれに人にも寄生する。

【治療】
薬剤による駆虫と、外科手術による親虫の除去
 
 犬糸状虫寄生の有無は、血液検査によってミクロフィラリアを検出するか、免疫学的方法で虫体抗原(虫体成分や分泌物)を検出することによって判定する。もし愛犬がフィラリア症なら、レントゲンやCT検査で、親虫がどこに、どの程度寄生しているかを確認して、治療方法を検討する。
 フィラリア症の治療には、薬剤によって親虫とミクロフィラリアを駆除する内科的療法と、肺動脈に巣くう親虫を一匹ずつ“釣り出す”外科的療法がある。どれがいいかは、親虫の寄生状況と症状、犬の体調などを検討した担当の獣医師が、飼い主と相談して決定する。もっとも、親虫の数が多いと、いずれの治療法も犬の負荷が大きいため、犬の体調を整え、体力を回復させたのち、実施する。
 親虫を駆除する薬剤は効き目が強く、副作用の恐れもあり、また、一度にたくさんの親虫を殺すと、死骸が肺動脈を詰まらせたりするので慎重に投与する。シェルティやコリー系の犬には副作用が大きいため、別の薬剤を使用すること。薬剤を投与して親虫を退治したのち、血中に浮遊するミクロフィラリアを駆除する薬剤(予防薬と同じ)を投与することになる。
 外科的療法は、犬の首筋にある静脈から器具を挿入し、心臓から肺動脈まで進めて、親虫を一匹ずつ引き出していく、大変な手術である。

【予防】
蚊の活動休止一か月後まで、月一回の予防薬投与
 
 フィラリア症は蚊を媒介とするため、理論的には、愛犬が蚊に刺されなければ感染しないともいえる。しかし、日中活動するヤブカなどもいるため、室内犬でも朝夕の散歩時に蚊に刺される可能性は大いにあるのだ。
 一番確実な予防法は、蚊の活動しだす春から、活動を休止する晩秋か初冬まで、毎月一回、予防薬を投与する方法だ。この薬剤は、蚊の媒介で犬の皮下に侵入した犬糸状虫(の第三期幼虫と第四期幼虫)を駆除するので、蚊の活動休止一か月後まで投与する必要がある。
 薬剤は錠剤が多いが、中には、それを嫌い、飼い主の知らない間に吐き出す犬もいる。薬剤には犬の好きなチュアブルタイプ(フードタイプ)の予防薬もあり、おやつ代わりに与えることができる。かかりつけの獣医師と相談して、自宅の愛犬にふさわしい予防薬を選んであげたい。
 確かに、都市域ではフィラリア予防が普及したため、発症例も昔に比べてずいぶん減った。しかし、どこかにわずかでもフィラリア症の犬がいれば、感染犬から蚊、蚊から予防をしていない未感染犬へとフィラリア症の輪が広がっていく。近年は愛犬同伴で外出する機会も多く、都会暮らしの室内犬でも、いつ、どこで感染するか分からない。何よりも予防が大切だ。

*この記事は、2005年7月20日発行のものです。

監修/日本獣医畜産大学 獣医寄生虫学教室 教授 今井 壯一
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