自分のしっぽをかんだり、足をなめ続ける
問題行動が悪化して「自傷行為」に
自分のしっぽを追い回したり、前足をしきりになめたりする愛犬の行動は、どこかほほ笑ましいもの。
しかし、それらの行動も行き過ぎると「自傷行為」につながりかねないので放置は禁物だ。

【症状】
グルグル回ってしっぽを追いかけたり、前足をなめ続けたりする問題行動が悪化すると…

イラスト
illustration:奈路道程

 「このごろ、うちの犬、自分のしっぽを追いかけてクルクル回っている」。「前足の足首辺りをしきりになめ回している」。
 そんな行動が目立つなら、愛犬がひとり遊びをしているとか、ノミにかまれてかゆいのかなどと軽く考えず、動物病院に相談したほうがいいだろう。
 自分のしっぽを追いかけてクルクル回っているうちに、しっぽの先をかみだして出血したり、かみきってしまったりする恐れがある。また、前足などの特定部位をひたすらなめ続けて脱毛し、皮膚が赤く炎症を起こし、さらには表皮が破れて出血。それでもなめ続けることもある。いわゆる「自傷行為」である。
 実は、そのような問題行動が明らかになる前に、そわそわしたり、イライラしたりといった様々なストレスを表していることがある。残念ながら、そんなサインを見逃しているとだんだんとひどくなり、ついには自分で自分の体を傷つけるほどになってしまいかねないのである。
 これまでの症例報告では、柴犬、パピヨンやシュナウザーなどの犬種でのものが多いが、ラブラドールやシェパードなど大型犬に見られることもある。
 なぜこのような自傷行為につながる問題行動が生まれるのだろうか。

【原因とメカニズム】
愛犬が自分でコントロールできない「刺激」や予測できない「刺激」にさらされ続ける
 
 そのような問題行動の最も大きな要因は、犬自身がコントロールできない、あるいは予測できない「刺激」がかかり、それが大きなストレスとなることである。
 コントロールできない刺激とは、散歩に出たいのに出られない。留守番が嫌なのに留守番させられた。嫌いな犬や猫、人と暮らさざるを得ない。雷や花火の音がするのに庭につながれたままで逃げ隠れできない、といった、愛犬が自分で対処できない状況や環境に置かれた場合に強く感じるものである。
 予測できない刺激とは、いつ散歩に連れ出してくれるか分からない。飼い主がいつ帰ってくるか分からない。これまでよく抱っこしてくれたのにこのごろ急に仕事が忙しくなって構ってくれない、といった飼い主側の“ムラのある”接し方によって引き起こされやすいものである。
 そのように自分の思い、欲求がかなえられない、あるいは期待が裏切られる状況が続くと内面的な葛藤が強くなり、グルグル回ったり、目に見えないものを捕まえたり、かんだり、体のどこかをなめたりといった「葛藤行動」が現れてくる(人がつめをかんだり、貧乏ゆすりをしたり、野生動物が狭いケージ内を休みなく歩き回ったりするのも同様である)。その時、飼い主が気づかないまま適切に対処できないと、やがて状態が悪化していき、しっぽや前足の皮膚を傷つけるほどの自傷行為に至ったり、仲間や飼い主と適切なコミュニケーションをとらず、グルグル回っているだけ、足をなめているだけなどという状態に至りかねないのである。
 もちろん、野生の生活環境を離れ、“身勝手な”人間と暮らす犬たちは、日常、程度の差はあれ、自分の意のままにならない環境の中でそれなりに我慢したり、折り合いをつけたりして生きている。しかし、そんな状況、刺激が自分の許容範囲を超えると、前述したような問題行動が生まれやすくなる。
 そのため個体差もあり、とりわけストレスの対処能力の低い個体に過度の刺激が加われば問題行動が深刻化していくといえるだろう。

【治療】
「問題行動」誘発の要因を見極め、その解消のため愛犬との接し方、飼い方を改めていくことが鍵に
 
 自傷行動が強い場合や経過が長い場合は、抗うつ剤を投与するなど薬剤療法を行う必要がある場合もある。自傷した傷の治療のためにエリザベスカラーをつけざるを得ないこともあるが、前述の鍵になる対処を行わないと、何か別の葛藤行動が現れたり、落ち着いたと思って外すと再発したりする可能性が高い。
 大切なのは、どんな要因が問題行動を誘発し、症状を悪化させているかを冷静に見極め、飼い主家族が根気良く、愛犬のストレス許容度に合った飼い方、生活の仕方を長い目で調整していくことである。
 例えば、若い個体を長時間閉じ込めておいたり、飼い主が多忙で帰宅が遅く、あまり遊んだり散歩に行くことができないと、シニア個体より当然ストレスがたまりやすい。そのため犬が若いうちは、できるだけ他の家族と協力し合って世話をしたり、休日などは愛犬が充足感を感じるほどにたっぷり遊びや散歩の時間をとることを習慣化するのもいいだろう。散歩係やペットシッターにお願いする手もある。
 一方、日ごろ、飼い主と愛犬があまりに密着し過ぎている場合、お互いが少し距離を置いた生活に変えていくことが必要となる場合もある。
 例えば、日中の一定時間、ケージの中にお気に入りのおもちゃなどを持たせて入れ、ひとり遊びさせる習慣をつける。ひとり暮らしなら、子犬のうちからペットショップや実家などに半日、一晩と短期のお泊まりに出し、なるべくいろいろな人にならして、ストレス耐性を養っておくようにするなども心掛けたい。
 対処法、目標とする内容は個体や問題の程度によって異なるので、気になる場合やすでに問題のある場合は、行動治療に詳しい動物病院の指導を得たほうが確かである。

【予防】
子犬の時から犬種や個体差に合った接し方、しつけの仕方を身につける
 
 大切なのは、子犬の時からの接し方、関係づくりをどうするか。犬の犬種や個体差と、飼い主の個性やライフスタイルなどを踏まえ、お互いがより良く暮らせるためにどんな犬種、どんな性格の子犬を選び、どんな接し方、関係づくりをしていくべきかを考え、実践することが予防の第一歩といえる。
 柴犬のように、長年、人間とは付かず離れずの関係を保って戸外で飼われてきた犬が室内犬となり、過度に構われたりすると、大きなストレスを感じる場合もあるだろう。一方、ゴールデンやラブラドールのように人間と密着して暮らしてきた犬たちが、長時間留守番したり、外飼いされたりすれば、すぐに孤独や退屈に耐えられなくなるのも理解できる。
 新たに子犬と暮らし始めたら、近くの動物病院やトレーニングセンターなどで開催されている「パピー教室」などに積極的に参加し、それぞれの子犬の犬種や性格に合わせた接し方、しつけの仕方を身につけるのもいいかもしれない。

*この記事は、2008年1月20日発行のものです。

監修/どうぶつ行動クリニック・FAU(ファウ) 尾形 庭子


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