肝疾患2

【症状】
初期は食欲不振や体重減少など。黄疸や肝性脳症なら緊急事態
イラスト
illustration:奈路道程
 重さが体重の約2%で血流の約25%が供給される”最大の臓器“「肝臓」は、小腸で吸収された栄養素を処理したり、体に有害な物質を無毒化したり、脂肪の消化を助ける胆汁を分泌したりするなど、生体の維持に必要な働きを行ううえで極めて重要な存在だ。そのうえ、再生能力が高く、全体の75%が切除されても、犬なら8週間ほどで元の大きさに再生する。また、80%以上の肝細胞が障害されない限り、肝機能はほぼ正常に保たれる。
 このように丈夫な肝臓だが、その丈夫さがアダとなり、例えば慢性疾患の慢性肝炎や肝硬変などでは全肝細胞の80%以上が壊れ、肝機能が損なわれる「肝不全」状態になって、初めて臨床症状が現れることが多い。しかも肝不全の初期症状は、食欲不振、体重減少、元気消失、嘔吐や下痢などあまり特徴がないため、単なる体調不良として見過ごされる可能性も高い。
※1黄疸や腹水、※2肝性脳症などの末期的な肝不全症状で気づいた時には「手遅れ」となりかねないのである。
 犬伝染性肝炎や中毒などによる急性肝不全では、発熱、食欲不振、嘔吐、下痢(血便)などの症状が現れ、ひどくなれば黄疸、肝性脳症などになってわずか数日で死亡する場合もある。

※1
黄疸とは、肝臓で古くなった血中のヘモグロビンから作られる胆汁色素「ビリルビン」が、肝不全や胆管閉塞などで正常に処理できなくなった場合に起こる症状。
※2
肝性脳症とは、本来、肝臓で無毒化されるアンモニアなどが、肝機能の低下によってそのまま体内を循環して脳神経細胞に悪影響を及ぼし、痙攣、旋回運動などの脳神経症状を起こすもので、「門脈シャント」(後述)に多い症状でもある。

【原因とメカニズム】
感染症や中毒による「急性」、原因不明で徐々に悪化する「慢性」、「先天性」疾患など
  <急性>
急性肝不全の要因として、「犬アデノウイルスI型」の感染による犬伝染性肝炎や、「レプトスピラ菌」の感染によるレプトスピラ症などがある。
 犬アデノウイルスI型ウイルスは、感染した犬の尿やウンチ、吐物などを通じて経口感染する。子犬などでは劇症肝炎を起こして突然死するケースが多い。また、このウイルスは回復した犬の体内で半年ほど生存するため、ほかの犬への感染防止に努めることが大切だ。
 レプトスピラ菌は、感染したネズミ(その他、家畜や犬)の尿などから感染する。肝臓を侵し、黄疸や嘔吐、下痢、歯茎の出血などの症状を起こす「黄疸出血型」と、腎臓を侵し、高熱や嘔吐、下痢、脱水症状や尿毒症を起こす「カニ・コーラ型」があり、症状がひどければ一命にかかわる。レプトスピラ菌は人間にも感染する「人獣共通感染症」の一つで要注意。なお、犬伝染性肝炎、レプトスピラ症にはワクチン注射がある。

<慢性>
慢性肝疾患には慢性肝炎、肝硬変、非肝硬変性肝線維症などがあるが、原因不明の場合が少なくない。何らかの原因で肝炎が慢性化すれば、肝細胞が徐々に壊れていく。肝臓は再生能力が高く、肝細胞は再生していくが、細胞組織の線維化も進行する。そして、大部分が線維化して肝機能が損なわれた状態が「肝硬変」である。なお、非肝硬変性肝線維症とは、肝臓が炎症を起こさずに線維化が進行する症状を言う。

<先天性>
肝臓にかかわる先天性疾患として知られるのが「先天性門脈シャント(門脈体循環短絡症)」だ。「門脈」とは、小腸から肝臓につながる血管で、小腸で吸収した栄養素などを肝臓に運んでいる。しかし、血管奇形により、門脈が後大静脈などの「全身循環」に直接バイパスする犬がある。それが先天性門脈シャントで、本来、肝臓で処理されるべき栄養素も無毒化されるべき有害物質も、肝臓を素通りして全身に運ばれる。先天性門脈シャントの犬では、肝臓の栄養源でもある門脈血が肝臓内へ供給されないため、肝臓自体も栄養不足になり発育ができなくなる。さらに、アンモニアなどの肝臓で処理されるべき毒素が血液中に増加すると、「肝性脳症」と呼ばれる神経症状や膀胱結石症などを引き起こす(生後4か月から6か月ぐらいの子犬に多い)。

<薬物治療による副作用>
そのほか、薬物治療の副作用によって肝疾患となるケースがある。例えば、アトピー性皮膚炎の有効な治療薬である副腎皮質ホルモン(ステロイド)剤や抗てんかん剤などの長期投与によって肝障害になりやすい。

【治療】
症状緩和の対症療法が主流。先天性門脈シャントでは外科手術
  <急性>
ウイルスや細菌感染症、中毒による急性肝不全の場合、輸液療法や解毒剤投与などの応急処置と症状緩和を目指す対症療法を行いながら生命維持に努める。一命を取り留めれば、破壊された肝細胞が再生を始め、肝機能も徐々に回復していく。

<慢性>
しかし、慢性肝炎や肝硬変などの慢性肝疾患の場合、主な症状が現れるまでに肝細胞の破壊が進行していて、予備能力、再生能力に欠ける。そのため、炎症を抑える抗炎症剤や線維化を抑える抗線維化剤などを投与して、症状の進行を食い止める努力をする。同時に、アンモニアの発生を抑えるための低タンパクフードや、腸管内のアンモニア産生や吸収を防ぐ薬剤を与えたりして、肝性脳症を予防するなどの対症療法によって延命を図る。

<先天性>
なお、先天性門脈シャントなら、シャント血管を縛って肝臓への血流を回復させる外科手術により、完治が可能だ。

<薬物治療による副作用>
一方、アトピー性皮膚炎など薬物治療の副作用による肝障害の場合、定期的な血液検査によって肝臓への影響を見極め、投薬量を調節したり、他の薬剤と併用したりして、副作用を最小限に抑える努力を行っていく。

【予防】
定期的な血液検査で肝酵素の数値変化をチェック
   「手遅れ」状態になりやすい慢性肝疾患の場合、年一回のフィラリア検査時などに、肝臓にかかわる血液検査を行っていけば、肝酵素の数値がいつごろ、どの程度上昇したかを早めに把握できる。肝臓検診で重要なのは、平常時、健康時の状態との比較である。特に慢性肝疾患の場合、何年にもわたって徐々に悪化していくので、初期の段階で異常を見つければ、適切な対処が可能となり、長期延命につながる。なお、難治性で進行性の慢性肝疾患の場合には、肝臓組織を直接採取して検査する「肝生検」を行い、正確な診断のもとに、適切な治療を継続することが大切だ。
 なお、ウイルスや細菌感染を防ぐには、ワクチン接種と室内飼いが有効なことは言うまでもない。

*この記事は、2004年9月20日発行のものです。

監修/井笠動物医療センター 小出動物病院 院長 小出 和欣
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