変な空咳が出る
多くの犬種がなり得る「気管虚脱」
愛犬が「コフォ、コフォ」と変な咳をし出したら要注意!
気管が変形する「気管虚脱」の可能性も。
パグなどの短頭種だけでなく、小型犬から大型犬まで多くの犬種に発症する恐れがある。

【症状】
夏場や季節の変わり目に空咳が出る

イラスト
illustration:奈路道程

 夏場や季節の変わり目に、愛犬がコフォ、コフォと空咳をし出すことがある。どうしたのかな、と思っていると、いつの間にか治まる。そのうちに、咳をする回数が増加。また、ガー、ガーと、ガチョウが鳴くような咳をし始める。あるいは水を飲む時にむせる。散歩時、リードを引くと咳をすることが多くなる。
 そんな場合、「気管虚脱」の可能性がある。動物病院で詳しく調べてもらったほうがいい。
 気管虚脱とは、何らかの要因で気管が変形し、呼吸がしにくくなっていく病気である。放置すれば、本来、筒状の気管がペシャンコになり、空気がほとんど出入りできなくなって(呼吸困難で)窒息死しかねない。
 この病気になりやすいのは、ヨークシャー・テリアやポメラニアン、トイ・プードル、チワワなどから、ボクサー、ラブラドールやゴールデン、さらには柴犬など日本犬系統の犬など、実にたくさんの犬種が含まれる。発症年齢は一般的に7、8歳前後の中高齢に多いが、犬種によっては1歳未満から発症する場合もある(若齢性)。
 気管とは、鼻(鼻腔)から肺に至る空気の通り道(気道)の中で、のどからまっすぐ続く筒状の部分である(気管の末端で、左右の肺に向かって気管支が分岐する)。首を上げ下げしたり回しても気管が変形しないように、気管にはC型(背側に開口した)形状の気管軟骨が連なる(犬の場合、通常、40〜45個)。各気管軟骨の間は輪状靭帯でしっかり接続されている。また、気管軟骨が背側に開口した部分には、膜性壁(2重の薄い筋肉の膜)が固着。呼吸や咳をすると外側に広がって、気管への負荷を減らしている。
 ところが、気管軟骨が平べったく変形していくにつれて膜性壁も内側に垂れていき、空気の通りが悪くなって咳が激しくなる。そうなると気管への負荷が増し、さらに変形。ついには細い内視鏡すら通らないほどになる。

【原因とメカニズム】
根本原因は不明。遺伝や犬種特性、肥満、ほえグセ、引っ張りグセなどが誘発要因に
 
 このような気管虚脱はなぜ起こるのか。残念ながら、まだはっきりとした原因は突き止められていない。ただし、発症の引き金となりそうな誘発要因はいくつか考えられる。
 例えば、ヨークシャー・テリアやトイ・プードル、ポメラニアン、チワワ、ラブラドールやゴールデン、ボクサーなどの犬種では、1歳未満で発症するケースがあり、遺伝的な要素が強いと思われる。
 また、パグやシー・ズー、フレンチ・ブルドッグなど鼻が詰まった短頭種の犬は鼻腔が狭く、鼻腔から咽頭(のどの入り口)、喉頭(のどの奥)など上部気道が詰まる病気になりやすい(短頭種気道症候群)。上部気道が詰まりやすくなれば、それに続く気管(気管から肺までを「下部気道」という)に負荷がかかり、気管虚脱を誘発しやすくなる。あるいは、心臓疾患で心臓が肥大傾向にあれば、心臓に隣接する気管支を圧迫し、同じような咳が出ることがある。
 生活習慣上の問題も見逃せない。例えば肥満傾向の犬は首の周りに厚く脂肪がつき、気管を圧迫しやすい。何年もそんな状態が続けば、気管も変形しやすく、呼吸のたびに気管に無理な力が加わり、さらに変形しやすくなる。また、よくほえる犬は、のどをしぼって大きな声を出すため、ほえるたびに気管に大きな負荷がかかり、変形しやすくなる。その他、散歩の時、飼い主より先にどんどん進んでいく犬は、いつもリードを引っ張られ、首の付け根、ちょうど気管の辺りが強く締めつけられている。朝夕、それも年中、そんな状態で散歩をしていれば、気管のダメージも相当のもので、気管虚脱になってもおかしくない。

【治療】
変形した気管をしっかりと保護・矯正する「プロテーゼ」外科療法
 
気管虚脱のグレード(正常な気管の断面状態を100%とする)  気管虚脱は、気管が物理的に平たく変形していく病気のため、内科的療法(静咳剤や気管支拡張剤、除痰剤などの投与)はあくまで症状の緩和でしかなく、変形した気管の形状を復元する外科的療法が最善である。
 もっとも、かつては注射器のシリンダーをらせん状やC型に切り取って気管の外側から固定したり、金属製の拡張器具を気管内部に挿入したりといった不十分な手術法しかなく、問題が多かった。そこで1990年に、光ファイバーに使用されるアクリル線材をらせん状に成形。変形した気管の外に巻きつけ、固定する優れた「プロテーゼ」法が開発され、治療成績が向上した。
 そうして2000年には、気管軟骨の形を模して、ちょうど組み合わせた指を少し開いたような形状にアクリル線材を(ジグザグに)成形。気管にすっぽりとかぶせて固着する改良型のプロテーゼ法が開発され、治療成績が飛躍的に向上した(アトム動物病院の130症例で成功率95%)。
 気管虚脱の初期症状は空咳などのため発見が遅れ、気づいた時にはかなり進行していることが少なくない。大切なのは、早期発見、早期治療である。例えばレントゲン撮影では、気管を横から、息を吐いた時と吸った時の2枚と、犬を上向きにして口を開かせ、気管の断面撮影1枚の計3枚あれば、初期の段階でも確定診断が可能である。
 なお、気管虚脱は症状の進行ごとに4つのグレード(右図参照)に分かれ、II以上になると手術の必要がある。もっとも、13、14歳以上の高齢犬や、慢性の気管支炎などを患う犬の場合、術後も咳が残る場合もある。また、慢性経過により、胸部気管までもが虚脱することもあるが、開胸術により成功した事例もある。

【予防】
肥満防止や、鳴きグセ、リードの引っ張りグセをなくす
 
 はっきりとした原因が不明のため、有効な予防策はない。ただし、肥満傾向の犬や、よくほえる犬、散歩時、リードを引っ張るクセのある犬は気管に無理な力がかかり、気管虚脱を誘発しやすい。気管はいったん変形すれば、手術で治療する以外、元に戻す方法はないため、子犬の時から適切なしつけや訓練、食生活の管理を行い、それらの誘発要因をなくすこと。そうして、もし、夏場や季節の変わり目などに空咳など気がかりな症状が出れば、すぐに動物病院で詳しく診断してもらうことが大切である。

*この記事は、2008年9月20日発行のものです。

監修/アトム動物病院 院長 米澤 覚
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