股関節形成不全
人気犬種の落とし穴
ゴールデンレトリーバーやラブラドールレトリーバーなどが陥りやすい難病がある。それが股関節形成不全である。
もともとは先天性の病気だが、太りすぎによって症状が悪化する。実はこの難病の背景に、特定犬種の大ブームと身勝手な飼い方がひそんでいる気配がある。
監修/南大阪動物医療センター 院長 吉内 龍策

なぜ先天性の難病が広がるのか
イラスト
illustration:奈路道程
 最近、ゴールデンレトリーバーやラブラドールレトリーバーなどのなかで、股関節の病気(股関節形成不全)に苦しむ犬が増えている。股関節形成不全とは、股関節の発育状態が悪くて骨盤部の凹みが浅く、大腿骨の先(骨頭)がたえず抜けそうになる慢性的な亜脱臼状態に悩まされる病気のこと。最後には完全に脱臼してしまったり、ひどい変形性の関節症をおこすこともある、遺伝性の強い難病だ。純血種の犬は、基本的に人間が繁殖をすべて管理するために、先天的な病気をもつ犬は淘汰されていく。だから犬の繁殖と普及をきちんとチェックしていれば、一般家庭にそのような犬が広まる確率は少ない。
 しかしゴールデンやラブラドールのような人気犬種になると、遺伝的に問題のある犬たちが淘汰されずに、どんどん売買されることになりやすい。とくに日本のようにシベリアンハスキーといえば、ハスキーばかり。ゴールデンレトリーバーといえば、ゴールデンばかりという国では、犬種さえ合えば、どんな犬でもノーチェックでマーケットに出回ることになる。結果、欧米では輸出入や売買を禁止されるような、股関節形成不全を患う犬たちも多数国内に輸入され、広まっていく。不幸のタネがあちこちの家庭で芽を伸ばすのである。
 もちろん、犬に責任はない。しかし苦労、苦痛だけはわが身に背負いこむ。飼い主にとっても、家族の一員たる愛犬が先天性の病気に苦しめば、心痛は増すばかり。犬と飼い主の痛苦をやわらげる方法はないものか。

太りすぎが症状悪化の要因
   先に股関節形成不全は先天的な病気だといったが、症状が悪化する要因が別にある。それは必要以上に食事を食べる、太りすぎの犬に起こりやすいということだ。とくに発育期の子犬の場合、1日も早い成長を願う親心が災いして、つい、栄養価の高い食事をたくさん与えてしまう。
 悪いことに、ゴールデンやラブラドールは従順で食べ物の好き嫌いが少ないために、飼い主の期待に応えてよく食べる。そのうえ、彼らは食べ物がすぐ血となり肉となる「肥えやすい」体質だ。となれば、過分な体重が骨格形成途上の股関節に大きな負担となり、「形成不全」になりやすいのも道理である。
 この病気にくわしいアメリカ人獣医師によれば、食事量は、発育期の犬の生育に悪影響を及ぼさない程度にまで減らすべきだという。ふつうでも太っていて体にいいことはなにもない。まして、体質的に太りやすく、先天的に股関節形成不全の傾向のあるゴールデンやラブラドールにおいておや、である。
 人間でもそうだが、体には「脂肪細胞」と呼ばれる細胞があり、幼少年期に肥満気味だと、その細胞数は通常の何倍にも増加する。そして、まるで「酒、酒を飲む」かのごとく、増加した脂肪細胞が大量に脂肪を貯えて肥満傾向に拍車がかかる。たしかに、ころころと太った子犬ほど可愛い存在はないが、肥満は万病の元。肥満予防は、子犬のときから徹底すべきである。
 とにかく愛犬の健康を第一に考えて食事管理(制限)に十分注意し、万一、股関節形成不全傾向があっても、症状が悪化しないように体重をむやみに増やさないことが何よりも大切に違いない。

最後の手段は人工関節を付ける大手術
骨盤の凹みが浅く、大腿骨の先が抜けそうな股関節形成不全。
レントゲン写真

正常例。

レントゲン写真
 食生活の改善などで病気の進行をくいとめることが不可能だと、残された手段は外科手術である。同じ股関節形成不全でも、それほど症状が悪くなければ、骨盤部の骨を3カ所(恥骨と挫骨と腸骨)切って、股関節の凹みの側の角度を変え、大腿骨の先(骨頭)が脱臼しにくいように整形する手術(3点骨切り術という)がある。しかし症状が悪化して変形性関節症となり、自然脱臼をおこしてしまうほどになれば、人工関節を使った股関節全置換手術をほどこさざるを得ない。それは、骨盤部の凹み部分に樹脂製のカップを付け、大腿骨の先を切断して。ステンレス製の骨頭を埋め込む大手術である。
 これまで、その人工関節の輸入がむずかしく、手術自体も難手術のために、日本国内で股関節全置換手術を行うケースはごくわずかだった。最近は国内で人工関節が入手できるようになったが、その値段がきわめて高く、また手術経験の豊富な獣医師が少ないために、まだまだ一般化するまでに時間がかかるのが現実だ。そのほか、もっと簡便な手術方法として、大腿骨の先(骨頭)を切断して取りのぞいてしまう方法がある。骨が自然治癒する形で繊維性のじょうぶな結合組織による「偽関節」ができるのを待つわけである。
 いずれにしても、外科手術は最後の手段である。できるなら、愛犬がわずかに「びっこ」をひく状態で発見し、かかりつけの獣医師に相談して、食事管理を手始めに症状の悪化を防ぐ対策をとっていくべきだ。先のアメリカ人獣医師によれば、たとえ股関節形成不全であろうとも、犬自身が痛みを感じずに動き回っているなら、あえて手術をする必要はないという。飼い主は必要以上に悲観的にならず、同時に問題点に目をつぶらず、現実を冷静に見つめて、どうすることがほんとうに愛犬のためになるか、を獣医師と一緒に手探りしていくしか道はない。

*この記事は、1996年5月15日発行のものです。

●南大阪動物医療センター
 大阪市平野区長吉長原
 Tel (06)708-6436
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