骨肉腫
七、八歳前後の大型犬が、外傷もないのに、 突然、足をひきずりだしたら、骨肉腫を疑ってもおかしくない。 発症のはじめに放置すれば、すぐに肺に転移し、 愛犬が発症から一年たたずにあの世へ旅立つ可能性がきわめて高い。
監修/ 麻布大学獣医学部講師 陰山敏昭

痛みがひどく、転移の速い骨肉腫

イラスト
illustration:奈路道程
 犬の骨にできる腫瘍、いわゆる骨腫のなかの実に八五%ほどが、骨肉腫といわれる悪性腫瘍である。その骨肉腫にかかる犬は大型犬が非常に多く、中・小型犬の八倍ほどの発症率という。  とくに七、八歳ごろの大型犬が足をひきずりだしたら、危険である。大型犬は、中・小型犬に比べて、体重が重く、足への負担が大きい。そのために、ねんざしたり、関節や靭帯を痛めたりすることも少なくない。だから、飼い主としては、「あ、また、足をひきずっている。でも、しばらくすればよくなるだろう」と、そのままにしがちである。これが、内臓の病気なら、すぐ動物病院へ連れていくのかもしれないが、ねんざなどは人間もよく起こすから、安静にしていれば、日にち薬でよくなるだろうと思うのも無理はない。  しかし骨肉腫の場合はそうはいかない。三日、一週間、二週間と日がたつにつれて、足をひきずる状態がぐんと悪くなる。心配になって、患部を押さえると、飛び上がるほどに痛みを感じる。そんな具合に、急速に悪くなる。  骨肉腫がよくできるところは、まず、手首(正確には手根関節)の少し上の部分。そして、肩。その次は、後足の膝近くの大腿骨や脛骨のあたり(ごくたまに、脊椎やアゴの骨にできる場合もある)。とにかく、前足が後足の二倍ほどできやすい。 骨肉腫は、激しい痛みをともなうだけではない。いったん発症すると、すぐに肺に転移して、肺中にパチンコ玉大からゴルフボール大の悪性腫瘍がいくつも急成長。呼吸不全を起こし、呼吸ができずに死んでしまう。死亡率のきわめて高い病いなのである。

断脚手術、あるいは 患肢温存手術と 抗がん剤治療で延命をはかる
   治療法でよく行われるのは、骨肉腫を発症した足を、前足なら肩甲骨・肩からすべて切除する断脚手術。後足なら、股関節のところから切断する。断脚手術の目的のひとつに、激しい痛みを取り除くということがある。この病いは、驚くほどに痛いのである。  前足か後足を丸ごと一本切断するのは、かわいそう、と思いがちだが、中途半端に肘や膝の上あたりまで残しておけば、術後、歩き回る際、弱い切断個所を地面につけ、傷を深める結果になる。犬には義手・義肢などがないため、すっきりと一本丸ごと切断したほうが、歩きやすく、安全だ。人間みたいに、無くした足を苦にすることもなく、現実を受け入れる。  しかし骨肉腫は、転移速度が速く、発見されたときには、たいがい転移していて、患部の足を切断しただけでは、手術一年後の生存率はわずか十%ほど。二年後の生存率はわずか二%ほどに減少する。  そのために、近年では断脚手術後一、二週間すると、抗がん剤を使う治療法も行われている。その場合の術後一年後の生存率は四〜五十%、二年後の生存率は十〜二十%ほどと、断脚手術のみに比べて、四、五倍も生存率が延びるのである。  また、断脚手術はかわいそうという飼い主、あるいは早期発見の場合には、患肢温存手術といって、骨肉腫の部分だけを切除し、そこに骨移植する方法もある。術後、抗がん剤療法を行えば、術後の生存率も、断脚手術+抗がん剤療法とあまり変わらない。ただし、同じ部位周辺で骨肉腫を再発したり、移植骨が感染するケースもある。  なお、最も消極的に、特別の治療を行わず、安静にして看取る方法もあるが、通常の鎮痛剤では役に立たず、わずかの余命のあいだ、患部の激しい痛みと転移した肺の症状に苦しむことになる。

骨への負担を減らし、早期検査を心がける
   現在、骨肉腫の原因ははっきりとはわかっていない。ただ、これまでの症例から、若いときに骨折、それも骨がこなごなになる粉砕骨折を起こした犬の、骨折を起こした部位に、骨折後六、七年して骨肉腫が発症するケースがある。また、はじめに記したように、骨肉腫が大型犬にきわめて多いことを考えれば、骨に対する負担が非常に大きい犬の、負担がかかりやすい部位に発症しやすいといえるかもしれない。  したがって、若いときから、愛犬の健康、とくに食餌管理に気をつけて、太りすぎを避けること。また、小さいときから適度な運動を行って筋肉の発達をうながし、骨への負担を少しでも減らすことが大切といえるだろう。  そして、愛犬が突然、足をひきずりだしたとき、打撲とかねんざとか、明らかな外傷が原因でなければ、一刻も早くかかりつけの動物病院で、触診やレントゲン検査などを受けること。とくに、骨肉腫は発症する部位が、手首(前足首)の上、肩、あるいは後足の膝近くの大腿骨か脛骨あたりに限られるために、そのあたりが悪いようなら、十分な検査を受けるべきだ。もし、レントゲンで小さな腫瘍らしきものが発見できたら、その組織を少し取って検査して、骨肉腫かどうかを厳密に調べる。そして、万一そうなら、担当の獣医師と相談して、愛犬と飼い主にとって最善の治療法を探り、ただちに治療に専念すべきである。  とくに大型犬が七、八歳ぐらいになると、精神的にも成熟さを増し、飼い主との関係も深みと味わいにあふれてくる。迅速な治療によって、余命が一年でも二年でも増し、病いに負けず、いたわりといつくしみに満ちた暮らしを少しでも長く送ることができれば、歳月の長短で測れない、充実した人生(犬生)といえるのではないだろうか。

*この記事は、1999年9月15日発行のものです。
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