口が臭い
わが家の愛犬の口が臭い。 そんなとき、歯周病の疑いが強い。
歯周病を見過ごせば、やがて歯の土台がくずれ、
さらに歯周病菌が心臓や腎臓などの内臓をむしばんでいく。
監修/ベテックデンティストリー(東京都) 奥田 綾子

歯垢、歯石は細菌の増殖場


illustration:奈路道程
 食べ物、飲み物を体内に取り入れて生きる動物にとって、口は、生命維持の行方を左右するきわめて大切な器官だ。ことに、犬やネコのような肉食型の動物にとって、歯は獲物をとらえ、肉を切り裂く道具であり、同時に敵と戦う武器であり、みずからの強さを誇示するシンボルである。
 生き物のからだはよくできたもので、舌や歯を動かし、食べ物や飲み物が歯の表面を通過したりすれば、歯に付着したねばねばや細菌がある程度とりのぞかれ、多少きれいになる。また、カルシウムとリンをたっぷりとふくんだ唾液(だえき)が歯の表面をつねにうるおしていて、歯からカルシウムが溶け出すことをふせいでいる。
 唾液は、消化を助けるばかりでなく、歯を守っているわけだ。しかし、唾液は役立つばかりとはかぎらない。唾液のなかのねばねばした物質が歯の表面に付着すると、いわゆる歯垢(しこう)の原因となり、口中の細菌が歯垢のなかで繁殖する。この歯垢中の細菌こそが歯の周りの歯肉に炎症をひきおこし、口臭の原因となる。歯垢はわずか数日で、唾液中の石灰分をとりこんで歯石となる。歯石は表面がザラザラしているので、歯垢がさらに付きやすい。
 とくに犬は、ネコや人間よりずっと、唾液のアルカリ度が高く、歯垢がすぐに歯石になりやすい。その結果、歯茎がはれ、出血したりする歯肉炎や、歯をささえる靭帯(歯根膜)や骨(歯槽骨)がむしばまれる歯周炎などの「歯周病」になりやすいといえるだろう。

歯周病菌が心臓病や腎臓病の引き金になる
   歯垢のなかで繁殖した細菌は毒素や酵素を出し、まず最初に歯肉をむしばむ。からだの抵抗力が強く、軽い歯肉炎程度ですめばいいが、歯をささえる歯根膜、歯槽骨まで破壊されていく歯周炎にまで進行することも少なくない。歯の表面が茶色い歯石でおおわれ、歯と歯肉のあいだにあるすきまが深くなる。歯肉から出血し、歯肉が後退し、さらに歯根膜や歯槽骨がむしばまれるので、支えが弱くなって、歯がグラグラとしていく。
 そうなれば、かたい食べ物が食べづらく、ボールやオモチャをくわえて遊ぶこともできなくなる。なによりも、口臭がひどくなる。口が臭い。これが愛犬の歯周病を見分けるサインである。
 歯をささえる歯根膜や歯槽骨が破壊されると、歯が抜け落ち、弱くなったあごの骨が折れやすくなる。上あごの骨は薄いため、穴があき、鼻からの出血やくしゃみをひきおこす。さらに、残った少量の骨が折れて、鼻先がたれ、鷲鼻のようになることもある。とくに小型犬では下あごの骨折も少なくない。
 歯周病のこわさは、実は、病気の広がりが「歯周」(口の中だけ)にとどまらないことだ。
 歯肉が破壊され、歯根膜や歯槽骨が破壊されると、細菌(歯周病菌)が、血管から血流に乗って、心臓や腎臓、肝臓、肺などにたどりつき、それらの内臓疾患を併発したり、妊娠中の母犬なら、早産の要因となったりする。
 たとえば、人では歯周病菌が血管内に入ると血栓をつくりやすく、心筋梗塞の原因にもなる。心筋梗塞をわずらったことのある患者が歯周病を放置すると、死亡率は二倍になるという。歯周病は、命にかかわる疾患になりうるのである。

歯磨きで、歯周病にグッドバイ!
   歯肉炎などの軽い歯周病なら、毎日歯磨きして、歯垢、歯石をとりのぞき、歯のまわりを清潔にすれば、すぐに治る。しかし歯根膜や歯槽骨がむしばまれるほどになれば、炎症や組織破壊の進行を抑えるために、歯を抜いて治療するしか道はない。野生動物なら、歯が抜け落ちれば、獲物をつかまえ、食べることができなくなって、死にいたる。しかし生活のすべてを人間に依存する犬なら、歯を失っても、やわらかいペットフードを食べさせれば、生存することも可能だ。といって、犬にとって、最高の道具であり、最大の武器であり、誇りの源泉である歯を失うことが、いかに耐えがたいことかは、言うまでもないだろう。
 そのような悲劇を未然にふせぐために、子犬のときから、歯磨きの習慣をつけるのが、なによりも大切だ。はじめ、遊び感覚で子犬の口に指を入れ、慣れさせる。つぎに湿らせたガーゼを指にまいて、歯列の外側をやさしくなでる。子犬がかなり慣れたら、小さな歯ブラシで内外の歯列を磨いていく。歯垢は、毎日付着し、歯石もわずか数日で固着する。犬も、人間同様毎日、歯磨きの習慣をつけることが大切である。なお、犬やネコは、ハサミのように、上の歯が外に、下の歯が内に上下運動して物をかみ切るため、歯がすれる上の歯列の内側、下の歯列の外側は、歯垢、歯石が付着しにくい。歯磨きのポイントは、上の歯列の外側、下の歯列の内側となる。
 アメリカでの調査では、5歳以上の犬のほとんどは、程度の差はあれ、歯周病にかかっているという。年とともに歯垢、歯石もたまりやすく、また、細菌感染への抵抗力も落ちていく。いわば、成犬病のひとつといえる。また、歯周病になりやすいのは、とくにあごが小さく、歯が密集し、歯並びが悪くなりがちな小型犬である。小型犬は、あごの骨も細く薄いから、歯周病がひどくなれば、骨折もしやすくなる。動物の健康は、口、歯から。くりかえすが、子犬のときから歯磨きを、愛犬が成犬なら、遊び、スキンシップをかねて、今日からでも、歯磨きの習慣を身につけてみませんか。

*この記事は、2000年7月15日発行のものです。

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