お腹をくだす
愛犬のウンチの状態を見れば、健康かどうかはよくわかる。やわらかい軟便から、水っぽい下痢、
さらには水分だけのひどい下痢まで、さまざまな下痢の原因について考えてみよう。
監修/岸上獣医科病院 獣医師 長村 徹
大阪市阿倍野区丸山通1丁目6の1 TEL(06)6661-5407

「食べすぎ」や「ストレス」と下痢


illustration:奈路道程
 犬やネコ、人間など動物の体は、体内に入ったどんな栄養分、ミネラル、水分でも、利用できるものは、徹底して小腸と大腸で消化・吸収し、利用する。だから、小腸に流れ込む水分(食べ物や飲み物の水分と、さまざまな消化液)も、小腸と大腸でそのほとんどが吸収され、犬やネコが正常な状態なら、ウンチとともに排泄される水分は、わずか2%ほど。体重20kgの犬で約50ccという。しかし、なんらかの原因で、小腸や大腸の働き(消化・吸収)がうまくいかず、わずか10ccほど水分が余分に排泄されると、ウンチは液状、もしくは液状に近い状態となる。それが「下痢」である。
 食欲旺盛な犬の場合、下痢のひきがねとなりやすいのは、「食べすぎ(異物の飲み込み)」だ。いつもよりたくさんフードを食べる。いつもと違うフード、あるいは人間用の食べ物を食べる。ボールを飲み込む。腐った食べ物を拾い喰いする。そんなとき、腸が食べ物や飲み物をうまく消化・吸収できないと、下痢をするわけだ。
 もし、愛犬が下痢をしても、元気で、吐き気もなければ、一過性の下痢の可能性が高く、それほどあわてることはない。飼い主は、昨日・今日の食生活をふりかえり、フードの与えすぎか、急に新しいフードに変えたためか、散歩のとき、拾い喰いしたせいか、原因を見きわめ、半日か一日、絶食して、腸を休ませる。それだけで、すっかり良くなることが多い。なお、絶食のあいだ、下痢のため不足しがちな水分やミネラルを補うために、水のかわりにナトリウムやカリウム、糖分をふくんだスポーツドリンクを利用するのもよい。
また、室内暮らしの愛犬(とくに小型犬など)の場合、いつも一緒にいる飼い主が留守がちになったり、家庭に赤ちゃんが生まれて、家族の関心が愛犬から離れたりすると、精神的な不安定、ストレスから下痢になることもある。生活環境の変化に要注意である。

「寄生虫」や「ウイルス」感染と下痢
   下痢がひどく、愛犬がぐったりして、食欲がない。下痢がとまらず、食べても食べても、やせ、おとろえる。また、下痢に吐き気、嘔吐が加わる。こんなとき、腸内にたくさんの寄生虫や原虫、ウイルス、悪玉細菌、あるいは悪性腫瘍、つまりがんが増殖していたり、胃腸や腎臓、肝臓、膵臓などが重い病気にかかっていたりする恐れがある。「下痢だから、大したことはないだろう」と軽く考えず、動物病院で検査を受け、病因を確かめて、適切な治療を受けたほうがよい。
 腸をすみかとする寄生虫には、ミミズを小さくしたような回虫、細長いくびれのある条虫、キバをもつ鉤虫(こうちゅう)などがいる。散歩のとき、愛犬が寄生虫のタマゴのまじった犬やネコのウンチにふれ、体をなめたときに口の中に入ったり、あるいは瓜実(うりざね)条虫のように、ノミを媒介に犬やネコに感染したりする。体力、免疫力の弱い子犬や病弱な犬だと、腸内に住みついた寄生虫はどんどん増えて、腸に入った栄養分を横取りし、栄養失調になりかねない。キバをもつ鉤虫なら、口からだけでなく、皮膚に穴をあけて体内に入り、腸にたどりつくと腸壁にかぶりついて血を吸う。文字どおりの「寄生虫」なのである。治療法は、動物病院でウンチにふくまれるタマゴがどの寄生虫のものかを検査してもらい、それに合わせた駆虫薬(虫下し)を飲ませればいい。
 ワクチン未接種の子犬に感染して、命をうばうウイルスには、パルボやジステンパーなどがある。これらのウイルスはパワーが強く、腸に入れば、腸の粘膜を破壊して、ひどい腸炎をひきおこす。そうなれば、栄養を吸収できず、出血がとまらず、急激に体力を消耗し、また病原ウイルスが腸壁から侵入して、あちこちに障害をもたらし、あっと言う間に死にいたる。子犬の免疫力が強ければ、一命をとりとめることもあるが、それ以外に有効な治療法はない。わが家の子犬がワクチン未接種なら、できるだけ早めにワクチンをうけ、感染の恐れのある戸外に連れ出さず、また健康管理に十分注意して、体力、自己免疫力を維持することが大切だ。

「下痢」にひそむ「悪病」に注意
   愛犬が慢性的な下痢になやまされている場合、悪性腫瘍(がん)などの病気がひそんでいることも少なくない。がんが腸をおかすと、腸は消化・吸収という大切な働きができず、食べ物や飲み物は、そのまま下痢便となって体外に出る。しかし小腸や大腸に取りつく、腺がんやリンパ腫などのがんは、レントゲン検査や血液検査で診断することがむずかしい。お腹にしこりを感じ、超音波検査や開腹手術などのくわしい検査をして、はじめてがんかどうか、どんながんか診断できるのである。そのうえ、がんを検出しても、もはや手遅れで、効果的な治療法のないケースがほとんどだ。抗がん剤などでがんの増殖をおさえ、残された命を安らかにすごさせる努力を続けるほかはない。
 そのほか、体の免疫をつかさどる白血球のひとつである好酸球やリンパ球などが腸の細胞のなかで過剰に働きすぎて炎症をおこす病気、あるいは、栄養分を小腸から心臓に運ぶリンパ管が異常をおこし、必要な栄養分を取りこぼす病気などで、下痢と栄養失調に苦しむこともある。
 とにかく、下痢が続くと、何よりも脱水症状がひどくなり、子犬や老犬、病弱な犬なら、すぐに水分とミネラルを補給してあげないと、一命にかかわる事態になりかねない。人よりずっと小柄で、体力のとぼしい犬やネコにとって、「下痢」は意外に恐ろしい病気である。

*この記事は、2000年5月15日発行のものです。

監修/岸上獣医科病院 獣医師 長村 徹
大阪市阿倍野区丸山通1丁目6の1 TEL(06)6661-5407


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