凶暴になったり、マヒして口が開き、舌を垂らしたりする
発症すればほぼ死に至る「狂犬病」
「狂犬病」は、犬も人もほぼ100%死亡する、恐ろしい感染症だ。
最近日本でも死亡者が出たように、決して人ごとではない。
狂犬病とはどんな病気で、どうすれば予防できるのだろうか。

【狂犬病とは】
世界各地で流行する、人でも動物でもいったん発症すれば、
ほぼ100%死亡するウイルス感染症

イラスト
illustration:奈路道程

 「狂犬病」とは、人でも動物でもひとたび発症すれば治療手段がなく、ほぼ100%死亡する、悲惨なウイルス感染症である。
 病名から「犬だけがかかる病気」と誤解されやすいが、実際は、犬、猫、人を始め、哺乳動物すべてに感染する。もっとも、人への感染経路は95%ほどが犬による「かみ傷」から。その他、欧米などでは、アライグマ、スカンク、キツネ、コウモリなど、自然環境に生息するありふれた動物からの感染事例も少なくない。
 歴史的には、紀元数千年前の古代メソポタミア時代の記録に、狂犬病らしき記述があると言われるほど古くから注目されてきた。21世紀の現在でも、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、南北アメリカなど世界中で毎年、多数の感染事例が報告され、年間、人だけで5万人前後、死亡しているとみられている※1
 日本では、江戸時代中期、長崎の出島に狂犬病に感染した犬が侵入。以後、30年ほどかかって東北の下北地方まで広まり、その後、常在して幾多の被害を出してきた。第2次世界大戦後にも流行。1950年、「狂犬病予防法」が施行され、飼い犬の登録制、予防ワクチンの接種義務、放浪犬の捕獲に努めた結果、7年後の1957年、広島県の発症事例を最後に、国内での感染・発症は認められていない。
 しかし、1970年にはネパールから帰国した旅行者が、また、昨年(2006年)はフィリピン滞在中の日本人ふたりが現地で感染犬にかまれ、帰国後、発症し、死亡した。アジアは、狂犬病多発地域のひとつである。

※1
現在、地球上で、狂犬病の発生が認められない国・地域は、日本、台湾、英国、アイスランド、スウェーデン、ノルウェー、オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、グアム、フィジー諸島などごくわずか(例えば、インドでは年間約3万人、中国では約2500人以上が死亡)。

【感染と発症のメカニズム】
ウイルスが傷口から神経系を伝って、脳・中枢神経へ。
「潜伏期」から「前駆期」、さらに「急性神経症状期」、「麻痺期」となって死亡
 
 感染動物の唾液腺の中で増殖した狂犬病ウイルスが、犬(やアライグマ、コウモリなど)のかみ傷から体内に侵入すると、神経系を伝っていくらしい。なお、足などの神経を移動する間、進行速度はゆっくりだが、脊髄に入ると速度を増し、脳を目指していくという。さらに、ウイルスは脳から唾液腺中にも侵入するとも言われる。また、発症する数日前に唾液の中から検出されることもあるとされる。
 感染後、犬の場合は通常、数週間の潜伏期がある(人の場合で数か月だが、感染後、6年以上たって発症したケースもある)。その後、古傷が痛んだり、夜、眠れなくなる「前駆期」と呼ばれる段階に入る(ウイルスが中枢神経に入った時期と考えられる)。その後が「急性神経症状期」である(ウイルスが脳神経に到達した時期と考えられる)。
 この急性神経症状期は、「狂騒期」とも呼ばれ、感染犬が凶暴な目つきで牙をむき、何にでもかみかかる姿が描かれることもある。もっとも、犬の場合、そのような「狂騒型」となるのは約7割で、残りは、うつろな目つきで、口が開き、舌を垂らし、ふらふらしている「麻痺型」と言われている(猫の場合、約9割が狂騒型と言われる)。いずれにせよ、急性神経症状期になれば、神経症状が急速に進行し、10日前後で昏睡、呼吸不全になり、死亡する。
 よく知られる、感染犬が口から唾液を垂れ流している症例は、実際は全体の15%程度という報告もあり、素人判断は危険だ。



【人と動物を守る確かな感染予防策とは】
感染動物の侵入を防ぎ、国内の予防ワクチン接種率を70%以上に上げる
 
 狂犬病は、先に述べたように、いったん発症すれば治療手段はなく、ほぼ100%死亡する(これまでにわずか数例だけ、発症後、回復した事例がある)。また、感染を疑われても、発症前に、ウイルス感染の有無を検査することができない、厄介な病気である。幸い、事前に予防ワクチンを接種していれば、ほとんど感染することはない。
 では、万一、未接種の人や動物が感染動物(と疑われる動物)にかまれた場合、どうすればいいのだろうか。
 その時は、発症前、できるだけ早く「発症予防治療」を受ける。これは、一定間隔を空けて複数回(人の場合6回)、ワクチンを接種する。しかし、これで完全に防げるわけではない。特に小さな子どもがかまれたり、また、成人でも顔の近くをかまれたりすれば、ウイルスが脳・中枢神経に到達する期間が短く、手遅れになることもある。
 それはともかく、現在、最も力を注がなければいけないことは、狂犬病ウイルス、つまり感染した動物を国内に侵入させないことと、国内での飼い犬への予防ワクチン接種率を高めることである。
 現在の動物検疫体制は厳しく、合法的に輸入される動物は予防ワクチンの接種と未感染が確認されないと、輸入を認められない。だが密輸や、感染国・地域から来航する船舶などに同乗し、未検査で国内に入ってくる動物から国内に狂犬病ウイルスが侵入する恐れがある。さらに、昨年の事例のように、感染国・地域に滞在する人が現地で感染、発症前に帰国する可能性もある。
 ひとたび国内で感染・発症事例が出現すれば、じわじわと感染の輪が広がる可能性がある。また、国内のどこかで犬が1頭感染・発症しただけで、人々がパニックになり、捨て犬が急増する恐れもある。いかに水際で食い止めるかが重要である。
 また、国内で飼養されている犬たちへの予防ワクチン接種率が70%を超えていれば、たとえ国内で1、2頭感染・発症する犬が出現しても、感染の拡大を防ぐことができるだろう。全国の飼い主が、毎年、愛犬への狂犬病ワクチン接種を継続すれば、国内で感染が拡大する可能性はほとんどないのである。
 しかし、現在、日本国内の狂犬病ワクチン接種率は約40%前後とも言われている。それでは、万一、感染動物が国内に侵入した場合、感染拡大を防止できず、大パニックになる恐れもある。地域のため、また、全国の人々と犬を始め、多くの動物たちのためにも、飼い主には、ぜひ自分の犬にワクチンを接種してほしい。

*この記事は、2007年1月20日発行のものです。

監修/佐藤獣医科 獣医師 佐藤 克
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