マダニ対策

【症状】
犬がマダニに血を吸われても、とくに気にする素振りは見せないが…

イラスト
illustration:奈路道程

 

 愛犬の鼻のまわりや目のまわりに、”黒いイボ“のようなものがついていることがある。指ではさみ、そっと前後にゆらしていると、愛犬の体から離れ、急にもぞもぞと動き出す。ダニの仲間のなかでも体が大きく、動物の血を吸って生きるマダニの一種である。
 地球上にダニの仲間は五十万種類程度いるといわれる(判明しているのは約四万種)が、そのなかで日本で犬に取りつくマダニの仲間は六属二十一種が知られている。どういうわけか、マダニが犬の体に取りついて、何日も血を吸っていても、犬は気にする素振りを見せない。ときには発見が遅れ、黒々とした大きな異形のマダニが、犬の皮膚に頭を突き立てているのを目の当たりにして、胆をつぶすこともある。
 ついでにいえば、ダニはノミと並んで、動物の体表に寄生する外部寄生虫の代表だが、ノミは脚が六本の昆虫類なのに対し、ダニは脚が八本のクモ類であり、体の生理も生態も、まったく異なる生き物である。
 マダニは野山だけでなく、河川敷、公園、道端など、雑草が生えているところに多く生息していて、近くを通る犬や猫、ネズミやタヌキ、キツネ、野鳥などの動物に取りつき、小さな体の何十倍になるまで血を吸うのである。
 もっとも、少数のマダニが単に犬の血を吸うだけなら、それほど大きな害はない。
 問題は、犬の命にかかわる「バベシア」という病原体(原虫)を伝播することである。バベシアは、マダニの吸血の際に犬の血管内に注入され、それが赤血球内に侵入し、さらにそこで細胞分裂によって増殖を繰り返し、赤血球を破壊。そして再び新たな赤血球に侵入して、その数を増やしていく。体じゅうの細胞に酸素を供給する役割を担う赤血球がどんどん壊されていけば、衰弱が進行して、ついには全身性の酸素不足状態からショック状態に陥り、一命を落としてしまうのである。

【原因とメカニズム】
バベシア感染マダニ→犬→マダニ→犬…の連鎖で広がるバベシア症
   まず、マダニとバベシアと犬とのつながりについて見てみよう。
 脱皮して成虫となったオス・メスのマダニは、近くを通る動物に取りつき、約二、三週間かけて卵の成熟に必要な血をたっぷりと吸う。限度いっぱいまで血を吸った(飽血)メスダニは、動物の体を離れ、近くの草むらで約二千〜三千個の卵を産み、やがて死滅する。卵は、一、二か月で孵化して「幼ダニ」となる。幼ダニは、草むらを通る動物に取りついて、飽血すると動物から離れ、地表で脱皮して「若ダニ」となる。若ダニは、再び犬や鳥など中型の動物に乗り移り、吸血を開始する。飽血した若ダニは動物の体表から地表に落下して、最後の脱皮を行い、「成ダニ」になる。成ダニの吸血は、成長・脱皮の目的ではなく、性成熟を完成させ、繁殖するためである。
 このように、ダニは、発育の各段階ごとに吸血活動を繰り返す。通常、外気温が一五度以上にならないと活動期に入らず、冬場は幼ダニ、若ダニの状態で越冬して、春になると、吸血活動を再開する。一般に、春から秋にかけて、幼ダニ→若ダニ→成ダニ→産卵というサイクルで発育し、晩秋には幼ダニや若ダニのステージの虫体が主に越冬する。
 幼ダニ、若ダニ、成ダニの各発育段階における三回の吸血機会のうち、どれか一頭の犬がバベシアに感染していると、次の吸血の際に別の犬にバベシアを伝播する。さらにもう一つの伝播方法として、バベシア原虫はメス成ダニの卵巣を通過して、卵に移動できるので、孵化した幼ダニがすでにバベシアを体内に宿していて、その結果、さらに感染の輪を広げていくことになる。
 なお、このバベシアは、西日本、ことに九州・四国の一部地域から近畿地方の山野に生息するマダニに広く感染しているが、東へ感染地域を広げており、近年、東海から関東・東北方面でも発症例が確認されている。

【治療】
薬剤では、バベシア原虫を完全に排除できない。体力や免疫力の維持に努め、ストレスは避ける
   愛犬の体にマダニがいることに気づいた飼い主が、動物病院に駆け込むことは珍しくない。素人がむやみにマダニを引きちぎると、皮下に食い込んだマダニの口器が残り、その部分が化膿する場合もあるので、むやみにマダニをむしり取らないようにする。マダニをうまく取り除くことも大切だが、もし、そのマダニがバベシアに感染していれば、すでに愛犬にバベシアやその他の病原体がうつっている可能性が高い。というのは、血を吸ったマダニが人に発見されるほど大きくなるのは、吸血期間(二、三週間)の最後の数日ぐらいなのに対し、バベシアがマダニの唾液腺から犬の体内に侵入するのは、マダニが吸血活動を始めてわずか約四十八時間以内といわれる
からだ。
 バベシアに感染すると、犬は日ごとに衰弱して、食欲も、散歩する意欲も体力もなくなっていく。残念ながら、現在、このバベシアを根治する治療薬も、感染を予防するワクチンもない。有効性の高い薬剤があるにはあるが、副作用が強いため、薬の量を少なくして投与せざるをえず、バベシアの増殖を少しでも抑え、症状を緩和させて、あとは体力の回復を待つしかない(いったん治まっても、後年、再発することもある)。そのうえ、その薬剤の入手が日本国内では難しくなり、動物病院がストックしている薬剤を使用している状況におかれている。 

【予防】
定期・予防的な殺虫剤の使用と散歩後のブラッシングで、マダニを駆除する
   以上から、結論としては、何よりも「予防」が大切ということになる。しかしマダニを完全に忌避する(マダニの接近を妨げる)薬剤は、日本にはまだない。次善の策として、首輪型の殺虫剤を装着するか、犬の首筋に滴下するスポット・オンタイプの殺虫剤を、マダニの活動期(春から秋にかけて)に定期的に投与して、愛犬に付着したマダニを早期に駆除する方法が比較的有効だ。しかし、これは基本的にマダニの「早期駆除」であって、バベシアの「感染予防」ではない。
 ふだんから、なるべく、マダニの多い山野や河川敷へ愛犬を連れて行かないようにすべきである。といっても、先に述べたように、日本全国、草むらの生えるような場所は、ほとんどどこでもマダニの生息可能地域である。散歩から帰ってきたら、愛犬の体をよくブラッシングしてあげ、さらには殺虫剤を投与して、万一、マダニが付着しても、幼ダニや若ダニや成ダニが吸血活動を始める前に、取り除く習慣をつけるべきである。

*この記事は、2003年5月20日発行のものです。

監修 サエキベテリナリィ・サイエンス代表
麻布大学大学院客員研究員 佐伯 英治
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