暗い場所で見えにくい
徐々に目が見えなくなる「進行性網膜萎縮」
暗くなると愛犬の歩き方がぎこちない。
そんな時は「進行性網膜萎縮」の可能性も疑ってほしい。
遺伝性の疾患で症例はわずかだが、発症すれば確実に進行し、やがて全盲となる病気だ。

【症状】
最初、暗くなると見えにくくなり、やがて日中でも見えなくなる

イラスト
illustration:奈路道程

 夕方、散歩に出ると、愛犬の歩き方がぎこちない。どこかオドオドして、時々、物にぶつかったり、段差を踏みはずしたり。やがて、暗くなると外出を嫌がるようになった――。
 そんな時、疑うべき目の病気の一つに「進行性網膜萎縮」がある。これは遺伝性疾患で、特定の遺伝形質を備えた犬にだけ発症し、実際、症例はわずかである。しかし、いったん発症すれば、確実に症状が“進行”する。そして、当初、夕方や夜など、暗くなると見えなくなっていた犬が、だんだん明るい日中でも見えなくなっていき、進行の速い犬なら何か月かのうちに、進行の遅い犬でも数年以内にまったく見えなくなる。進行性疾患とは、そんな病気のことである。
 国内で比較的症例の多い品種は、ラブラドールやゴールデン、コッカー・スパニエル、ダックスフンド、プードルなど。もっとも、これまでの症例研究で、30〜40品種の犬に発症することが知られている。特に近年、飼育頭数が増加してきたダックスフンドの症例が目立ってきた。品種によって早期に発症するタイプと遅れて発症するタイプがあり、例えばダックスフンドでは、生後6か月前後で眼底異常が明らかになり、1歳前後にはほとんど全盲となる。一方、ラブラドールやゴールデンなどは5歳前後で症状が出始め、8歳ぐらいまでに全盲になるケースが多い。
 なお、進行性網膜萎縮になれば、二次的に白内障を併発する場合も見られ、愛犬が見えにくくなった原因を見誤ることもある。
 

【原因とメカニズム】
遺伝性疾患により、網膜の光受容体(視細胞)が障害される
  犬の眼球構造 どのように病気が遺伝するのか
 進行性網膜萎縮は、先に述べたように遺伝性疾患だが、同一個体の中に特定の「劣性遺伝子」が二つそろわないと発症しない(ほとんどの場合は劣性遺伝だが、すべてではない)。つまり、両親とも発症する犬なら子犬は100%発症するが、片親だけ発症し、もう一方の親犬がキャリア(特定の遺伝子を一つだけ持ち、発症しない)なら、子犬が発症する確率は50%(発症しない子犬はキャリア)。また、両親がともにキャリアで発症しなくても、子犬が発症する確率は25%で、キャリアの確率は50%。つまり、発症の有無にかかわらず、病気の遺伝子を持つ子犬が4頭に3頭の割合で生まれる計算になる。

どのように見えなくなるのか
 光は、眼球の水晶体を通って、眼球の内側にある網膜に入る。網膜の外側の層には2種類の光受容体(視細胞)があり、その光の刺激を電気信号に変換して、内側にある何層かの細胞に伝達していく。網膜の一番内側(イラスト参照)には視神経の末端となる神経節細胞があり、そこから電気信号に変換された光の情報が視神経に集められ、脳細胞に伝達されて、脳細胞内で特定の色や形を持った物の姿が描かれる。
 ところが、進行性網膜萎縮を発症すると、2種類の視細胞のうち、まず、光の「強弱」や「明暗」を感知する(明暗は細胞の種類の違いによって分かる)「桿状体」が障害を受けて細胞数が減っていく。これは、主に暗い場所で働く視細胞のため、夕方や夜に見えにくくなっていく。次いで、物の色や形を感知する(明るいところで働く)「錐状体」という視細胞が障害され、細胞数が減っていき、日中、物が見えなくなっていく。視細胞が障害され、光を電気信号に変換できなくなっていくと、その電気信号を送受する、網膜内の他の細胞群も果たすべき機能を失って死滅していき、網膜自体の厚みがどんどん薄くなっていくことになる。


【治療】
根治療法はなく、病気の進行を少しでも遅くする対症療法のみ
 
 進行性網膜萎縮は、遺伝性疾患のため、根本的な治療法はない。もし、この病気と診断されれば、ビタミンCや抗酸化剤などを投与して、網膜の視細胞の障害速度を少しでも遅くする程度の対症療法しかない。残念だが、病気の進行が少し遅れても、いずれまったく見えなくなる。なお、病気の確定診断には遺伝子検査が必要だが、国内ではできないため(海外でも遺伝子検査ができるのは一部の品種のみ)、継続的に眼底検査を行い、症状の進行をチェックして、他の病気(例えば白内障や老化による視力低下)かどうかを判断する。
 では、どうすればいいのか。幸い、犬は人間と違って視覚よりも嗅覚や聴覚が大いに発達した動物である。つまり、たとえ視覚が障害されても、嗅覚と聴覚が機能していれば、日常生活上、それほど不自由を感じずに生きていくことができる。そのうえこの病気は、発症後、全盲状態になるまで早くても半年、遅ければ数年の期間がある。その間に、徐々に視覚が衰えていくため、“見えない”状況に適応しやすいといえる。
 万一この病気になった場合、室内にある犬のトイレや食器、家具などの配置を固定し、また、邪魔な物を放置せず、愛犬の目が見えなくなっても、迷わず、物にぶつからずに動き回れる環境を整えてあげること。散歩も、人や車、他の犬があまり通らない静かなコースを決め、物静かな時間帯に行うことが大切である。外出時は、いつもしっかりとリードを握りしめ、何かの物音に驚いて逃げださないように注意してほしい。また、愛犬に近づく前に声をかけ、驚かさないこと。多頭飼いなら、他の犬に鈴を付け、鈴の音をたどっていけるようにするのもいいだろう。

【予防】
病気の遺伝子を持つ犬を繁殖させない
 
 何度も繰り返すが、進行性網膜萎縮は遺伝性疾患のため、予防法はない。この病気を減らすには、病気の遺伝子を保有する犬を繁殖させないことである。
 もっとも、先に述べたように、国内では遺伝子検査ができず、また、病気の遺伝子を持っていても繁殖前に発症しないことも多い。また、キャリアであっても発症しないため、未然に防ぐことは難しい。

*この記事は、2006年1月20日発行のものです。

監修/ネオ・ベッツVRセンター 眼科担当獣医師 小山 博美
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