咳き込んだり、呼吸が荒くなる
高齢の小型犬は「僧帽弁閉鎖不全症」に注意
高齢期の小型犬によく見られる心臓病が「僧帽弁閉鎖不全症」である。
遺伝的に発症しやすい犬種もいるので、愛犬がその犬種に該当していれば、一層注意してほしい。

【症状】
高齢期の小型犬が、散歩中や夜間に咳き込む

イラスト
illustration:奈路道程

 例えば、高齢期を迎えた小型犬が、散歩の途中や帰宅後、咳き込んだり、荒い呼吸をしたりすることが多くなる。夜中に横になると咳が出て眠れず、フセの姿勢でじっとしている。あるいは、夜中、咳き込み、朝までオスワリの姿勢のままで過ごす。
 そんな時、疑わしい病気の代表が、「僧帽弁閉鎖不全症」という心臓病である。
 「僧帽弁」とは、心臓の左心房と左心室の間で、心臓の収縮作用に従って開閉し、血液を流したり、止めたりしている重要な「弁」である(右心房と右心室の間にあるのが「三尖弁」)。心臓は大きく左右に分かれ、左側にあるのが左心房と左心室。右側にあるのが右心房と右心室となっている。
 右側の心臓が静脈系で、静脈を通じて全身から心臓に戻ってきた血液が、まず右心房へ。そこから三尖弁を通って右心室に入り、心臓の収縮作用で(肺動脈を通じて)肺に送られる。炭酸ガスを含んだ静脈血は、肺にある無数の「肺胞」でガス交換して新鮮な酸素を取り入れ、今度は(肺静脈を通じて)心臓の左心房へ。そして開いた僧帽弁を通って左心室に入り、心臓の収縮作用で僧帽弁を閉じて、動脈を通じて全身に送られていく。
 通常、その時、僧帽弁はしっかり閉じられ、血液の逆流を防いでいる。ところが、その僧帽弁の弾力がなくなると、僧帽弁をつないでいる「腱索」と呼ばれるヒモが伸びたり、切れたりして、うまく閉鎖できなくなり、血液が左心室から左心房へ逆流する。

【原因とメカニズム】
遺伝的に病気の素因を持つ小型犬が高齢期に発症しやすい
 
 心臓は丈夫な筋肉組織でできており、通常、犬が高齢化しても、そんなに悪くなるものではない。しかし、小型犬、特にマルチーズやヨークシャー・テリア、シー・ズー、キャバリアなどの犬は、僧帽弁や腱索が悪くなりやすい遺伝的素因を持っていることが多く、10歳前後になれば、僧帽弁閉鎖不全症の症状が現れやすいのである(小型犬の心臓病の約3分の2は、この病気といわれるほど)。
 といっても、急に症状が悪化することはあまりない。全身に血液を送り出す左心室は、いわば高圧ポンプのように血圧が高く、日々、僧帽弁に大きな負荷をかけて、年とともに、遺伝的に悪くなりやすい僧帽弁や腱索の劣化、変性がじわじわと進行。血液が心臓からうまく送り出されず、左心室から左心房へ通流する血液の量が増えていく。
 その結果、血液が左心房や左心室にたくさん滞留すれば、心臓が徐々に肥大化していく。それだけではない。左心房や左心室に血液が滞留すれば、血液が肺から心臓にうまく戻ることができず、肺の中に滞留。本来、ガス交換を行う肺胞内部に、血液からの漏出液がたまっていく。そうすれば、体に必要な酸素を十分に取り入れることができず、呼吸が荒くなりやすい。また、肺胞にたまった漏出液を体外に出そうと、咳き込みやすくなる。
 特に夜間、犬が眠るために横になると、日中、下半身に滞留していた血液が心臓に戻り、肺組織に滞留。犬はうまく呼吸できず、咳を繰り返す。また、血液の循環が悪くなれば、脳や内臓を始めとする体の各部が酸素不足、栄養不足になり、ふらついたり、よろけたりしやすくなる。



【治療】
心臓への負荷を減らす内科治療と緊急の外科治療
 
 愛犬が散歩中や夜間、変な咳をし始めたら、動物病院で検査してもらうことが大切である。この病気は聴診器をあてれば心臓から雑音が聴こえるので、発見しやすい。また、レントゲン検査や心エコー図検査などで心臓の肥大度や僧帽弁と腱索(弁をつなぐヒモ)の状態をチェックし、治療法を決定していく。
 治療の中心は、心臓(および僧帽弁)への負荷を減らすための、様々な薬剤による内科療法である。
 例えば、初期症状の場合、「血管拡張薬」を投与して血圧を下げ、心臓が血液を動脈に送り出しやすくする。病気が進行して、血管拡張薬だけで症状が治まらなくなれば、減塩食を与えたり、「利尿薬」を追加する。水分は腸で吸収されたあと、静脈→心臓→肺→心臓→動脈と循環して、腎臓から尿となって排せつされていく。塩分をたくさん取ると、のどが渇き、水分をたくさん飲む(血液の量が増え、心臓や肺への負荷が増える)。利尿薬を投与すれば、水分が早く尿として排せつされ、心臓や肺への負担が軽くなるのである。
 さらに病気が進行すれば、それらに加え、過剰な心臓の働きを抑える(心拍数を下げる)薬剤を投与する。血液がうまく循環できないと、心臓は心拍数を上げて、循環を補おうとする。そうすれば、心臓に十分血液が戻らない前に血液を送り出し(空打ち現象)、かえって症状が悪化する。そこで、過剰な心臓の動きを抑え、心臓への負荷を減らすのと同時に、心臓から送り出す血液の量を増やそうとするのである。
 このように、心臓(および僧帽弁)や肺への負荷をいかに減らすかが、内科治療の目的である。それでも、じわじわと僧帽弁や腱索は劣化し、時には急に腱索がプチンと切れたりする。そんな場合、僧帽弁の状態がそれほど悪くなければ、外科手術で腱索を人工縫合糸で再建する。僧帽弁の状態が悪ければ、人工弁置換術を行う必要がある。



【予防】
塩分を控え、過度な運動を避け、むやみに興奮させない
 
 僧帽弁閉鎖不全症は遺伝性の病気なので、遺伝的素因を持っていれば、発症を防ぐことは難しい。しかし、普段から、塩分を控えめにしたり、過度な運動を避けたりして心臓への負荷を減らし、病気の進行を遅らせることはできる。また、性格的に興奮しやすい犬は、心臓への負荷が高く、病気が進行しやすい。また、急に興奮して心拍数が増え、腱索がプチンと切れるなど、急性症状を起こすこともある。
 そのため、子犬の時からしつけや訓練をきちんと行い、大騒ぎしない習慣を身につけさせることも、症状悪化を防ぐ大切なポイントといえるだろう。特に発症しやすい犬種の犬たちと暮らしている飼い主は、飼い方、育て方に十分注意してほしい。

*この記事は、2007年4月20日発行のものです。

監修/茶屋ヶ坂動物病院 院長 金本 勇
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