物が食べづらい、口臭がする、よだれに血が混じる
老化とともに発症しやすくなる「口腔腫瘍」
愛犬が、最近食べ物をうまくかめなかったり、食べるスピードが遅くなっていたりしたら、「口腔腫瘍」を患っている可能性もある。
老化とともに発症しやすくなるので、愛犬が6、7歳前後になれば定期的に口の中のチェックを。

【症状】
口腔内にしこりができたり、炎症、びらん、潰瘍ができる

イラスト
illustration:奈路道程

 最近、愛犬の食べ方がおかしい。例えば、食べるスピードが遅くなった。口の片側だけでかんでいる。うまくかめなかったり、飲めなかったりする。あるいは、口臭がする。さらにはよだれに血が混じっている。
 こんな場合、口の中に、「悪性黒色腫」、「扁平上皮がん」、「線維肉腫」などの悪性腫瘍ができている可能性がある。
 悪性黒色腫とは、色素細胞ががん化したもので、しこりを作ったり、びらん、潰瘍になったりする。いったん発症すると、進行が速く転移しやすい。メラニン色素として知られるように、黒い色をしたもの(有色素性黒色腫)が多いが、時には黒くないもの(無色素性黒色腫)もある。
 体表部の皮膚や、口腔などの体腔粘膜を構成する「扁平上皮」組織にできるのが扁平上皮がんで、表面がただれ、びらんや潰瘍を起こし、口臭がひどくなったり、唾液に血が混じりやすい。また、患部に食べ物が当たったり、飲み物が染みたりするととても痛く、食欲不振になりやすい。黒色腫に比べれば転移しにくいが、口腔内の扁平上皮がんは、鼻や耳など顔面にできるものより転移しやすい。
 線維肉腫とは、体の線維組織、線維芽細胞ががん化したもので、緻密なしこりとなる。

【原因とメカニズム】
老化とともに発症しやすく、犬種特異性を示すものもある
 
 麻布大学獣医学部附属動物病院における犬の症例2万6074例中、腫瘍(良性、悪性を含む)は5821例となっている。その中で、犬の口腔腫瘍は600例で、そのうち、悪性腫瘍は62・4%である。
 犬の口腔腫瘍の中の上位4つを挙げると、悪性黒色腫(26・4%)、扁平上皮がん(16・4%)、線維腫性エプリス(13・0%)、線維肉腫(7・1%)となっている(なお、「線維腫性エプリス」は、歯茎などにできる良性腫瘍)。
 犬の口腔腫瘍600例の平均年齢は、9・6歳±3・5歳で、6、7歳以上になると発症しやすいといえる。もっとも、がんの発症要因は複雑で、それぞれの悪性腫瘍が、いつ、どのようなことがきっかけでがん化するか、明らかにすることは困難である。
 ただし、例えば、線維肉腫は大型犬に多いとか、悪性黒色腫は日本犬系に多いとか、ある程度の犬種特異性を示すものもある。ちなみに、麻布大学の症例によれば、口腔内腫瘍の上位犬種は、ゴールデン・レトリーバー(15・8%)、雑種犬(20・4%)となっている。
 なお、先に悪性黒色腫は転移しやすいと述べたが、特に転移しやすい部位は、リンパ節ではあごのリンパ節。臓器では肺である。肺は、心臓に戻った静脈血が送り込まれる臓器で、がん細胞ががん組織からリンパ液や静脈血に乗って転移し、そこで増殖しやすいからである。



【治療】
外科治療が基本だが、進行状態に合わせて、放射線治療や化学治療を併用
 
 がんの治療方法は、がん細胞が局所に限局している早期の場合、外科手術で切除するのが基本となる。周辺組織に浸潤している可能性があれば、放射線治療も併用する。また、すでに全身に転移していれば、化学療法が中心となる。
 転移しやすい悪性黒色腫はともかく、比較的転移しにくい扁平上皮がんや線維肉腫の場合、早期、初期の段階で適切に外科手術で患部組織を切除すれば、治る可能性がある。しかし、扁平上皮がんは浸潤性が強いため、転移しなくとも、皮膚表面から骨にまで浸潤しているケースもある。そのため、あごの部位に限局していれば、あごの骨ごと切除する。左右、どちらかのあごの骨を切除しても、残った片側のあごで咀嚼できるため、日常生活はそれほど困難ではない。
 また、がん細胞がリンパ節に転移していても、あごなどの部位に限局していれば、関連のリンパ節を切除し、抗がん剤を投与すれば、治ることもある。
 ついでに言えば、犬はあごが細長いため、その片側を切除しても、人間ほど目立たない。
 もっとも、口腔の奥に発症した場合、患部を適切に切除するのが難しく、予後はそれほど良くない。
 なお、悪性腫瘍の場合、わずか数か月で再発することも多いので、手術後も要注意である。

※限局とは、がん病巣が原発巣に限られている状態。



【予防】
数か月に一度、口の中を観察して、異常があればすぐに動物病院へ
 
 悪性腫瘍は、老化とともに発症しやすくなる。幸い、口腔内は、飼い主が愛犬の口を開くことができれば、異常を発見しやすいところである。
 6、7歳前後になれば、例えば、数か月に一度ぐらい、愛犬の口を開かせ、唇から歯茎、舌の表、裏、口蓋、のどの周辺など奥の方まで観察して、しこりや口内炎、びらんなど、何らかの異常を発見すれば、すぐにかかりつけの動物病院で詳しく診察してもらうことが大切である。
 ただし、犬によっては口を開かせるのを嫌がることもある。できれば、子犬の時から、スキンシップをかねて口を開かせ、指で歯茎などをマッサージして、慣らしていればいいだろう。

*この記事は、2007年5月20日発行のものです。

監修/麻布大学獣医学部附属動物病院 病院長・腫瘍科 信田 卓男


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