むだ吠え
「吠える」ことは、犬の感情表現、コミュニケーション能力のひとつである。
しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし、という。
飼い主にも、ご近所にも悩みの深い、いわゆる「むだ吠え」について、考えてみよう。

犬は、なぜ吠えるのか

illustration:奈路道程
 だれかよその人が玄関先にやってくるだけで、自宅の愛犬が、火がついたように吠えさわぐ。室内飼いなら、来訪者に申し訳ないし、家族のほうも閉口する。庭先でいつまでも鳴かれたら、近所迷惑で肩身がせまくなる。
 このような「むだ吠え」で困っている、という悩みは少なくない。しかし、動物行動学的にみて、犬は、けっして「むだに吠える」動物ではない。つまり「むだ吠え」とは私たちがそう呼ぶだけで、その犬にとっては、なんらかの理由があるはずだ。したがって、その理由を人のほうが見きわめ、「吠える」要因を減らしていかないと、いわゆる「むだ吠え」はなかなか治らない。
 では、なぜ、犬は吠えるのか。
 もっとも多いのが「防衛本能」からで、自分のなわばり(飼い主の家)に近づく「外敵」(来訪者や通行人、車など)への警戒、警告である。といって、犬によって、吠え方に個体差がある。門前、あるいは玄関先に「外敵」がやってきたときから吠える犬もいれば、敷地に入ってきたとき、はじめて吠える犬までいる。あるいは、たとえ「外敵」が自宅から離れていても、また隣家の来客でも、自分(犬)が見かければすぐに吠えだす場合もある。つまり、その犬が自分の「なわばり」をどのくらいの範囲とみなしているか、相手をどれほど警戒しているか、によるわけだ。
 一方、別の理由には、自分の仲間(飼い主)に対して、なんらかの要求を訴えるために吠える場合もある。たとえば、お腹がすいた、眠い、どこかが痛い、さびしい、恐い、助けて、退屈だ、遊んでほしい、散歩に行こう、オシッコやウンチがしたい、など。こちらは当然、飼い主の方に向かって吠えるため、要求が満たされれば止む。ときには、要求が満たされるまで、一時間でも二時間でも吠え続けることも少なくない。そのほか、歳をとった犬が、夜中、自分の状況が把握できず(「認知障害」)に吠えたりすることもあるが、これは老化現象や意識の程度とも関わっているので、別の話となる。

飼い主の対応が「むだ吠え」を助長
   このように、犬が吠えるにはいくつもの要因がひそんでいる。そのことを理解せず、頭ごなしにしかっても、ほとんど何の効果もない。
 たとえば、飼い主が愛犬に「番犬」の役目をいくらかでも期待して、庭先に放し飼いしていたとする。とすれば、「外敵」(あくまで犬にとっての見方)が家に近づいてくれば、一生懸命に吠えて、相手を威嚇し、同時に飼い主に警戒シグナルを送ることが、自分の仕事となる。それが、どろぼうには吠えてもいいが、お客さんに吠えては困る、とか、昼間はいいが、早朝、深夜は近所迷惑になると、飼い主が一方的に人間側の基準、理屈、思いを押しつけても、犬の基準、論理で行動する愛犬には、判断、理解できない。
 また、室内飼いの愛犬が、来訪者があるたびに吠えかかるケースも少なくないが、「ちゃんとしかっているのに、どうしてだろう」と悩む前に、子犬期以来の愛犬との暮らし方を、冷静にふりかえってみることが大切だ。
 たとえば、愛犬が来訪者にはじめて吠えたとき、すぐに止めようとせず、しばらく吠えるままにしていなかったか。また、室内で吠えはじめても、最初の四、五回は制止せず、回数が増え、耳障りになってはじめて注意していないか。とにかく、犬はいつも飼い主の行動に最大限の注意をはらっているため、ある程度吠えても、しかられないとわかれば、毎回、ぎりぎりまで吠える。また、真剣に制止しようとしなければ、吠えてもOKと思い込む。
 つまり、問題の多くは、飼い主側が無意識のうちに「GOサイン」を出していることがほとんどだ。しつけのポイントは、飼い主側がまず、「例外」をつくらないこと。あるいは、「このぐらいなら、いいかな」と、安易な妥協をしないこと。好ましくない行動を習慣化させないことである。

子犬の社会化期に、人好き、犬好きに育てることが
いちばんの「むだ吠え」予防
   もちろん、「むだ吠え」の要因が、もっと根深いことも少なくない。
 たとえば、愛犬の「社会化」の成否である。子犬は、「社会化期」といわれる生後三週齢から十二週齢ぐらいの時期、同じ犬仲間や人などとのつき合い方を体験的に学習する。この時期に、もし自宅内での生活ばかりで、ほかの人や犬とふれあうことがほとんどなければ、人や犬とのつき合いがヘタで、警戒心ばかりが強い犬に育つことになる。そうなれば、自分のなわばりに近づく人でも犬でも車でも、その姿を見かければ、苦手意識からワンワンと吠え立てるようになりがちだ。
 いわゆる「むだ吠え」を防ぐためには、子犬のときから、人好き、犬好きの犬に育てることも大切だ。人でも、いったん何かの習慣がつくと、それを治すのは大変である。人にくらべれば、あっという間に成犬になる犬が、とりわけ重要な社会化期に身につけた習性をみずから変えることはありえない。よほど、飼い主が決意をかため、じっくりと何カ月(あるいはそれ以上)もの日時をかけ、毎日、コツコツと、しつけ、訓練をしていかないと、「むだ吠え」など、身についた行動を変えることはむずかしい。
 実際、安直に、愛犬を捨てたり、動物保護管理施設に「処分」を頼んだり、という悲惨な事例は少なくない。そんな悲劇をなくすために、飼いはじめから、よい習慣、適切なしつけ方を地道に実践していくことがなによりも大切だ。もし、現在、愛犬の「むだ吠え」で悩んでいるのなら、一日でも早く、かかりつけの動物病院に相談し、飼い主家族と愛犬の暮らし方そのものを考え直しながら、「むだ吠え」克服に取り組んでいただきたい。

*この記事は、2002年1月15日発行のものです。

監修/獣医師 動物行動クリニック・FAU(ファウ) 尾形 庭子
大阪府吹田市山田西3の34の7


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